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2・ウサギと森と灰かぶり3

頭の痛くなるような少女たちのやり取りを聞きながら案内された湖の先には、丸いフォルムの馬車が停められ、馭者が恭しく迎え入れた。南瓜色に煌めく馬車は、細かい金細工で美しく飾られ、きらきらと陽に映えている。導かれた車内は見た目以上に広々として、豪奢だ。

 呆気に取られてきょろきょろと見回す有寿を、アリスは肘でつついた。シンデレラは馬車へ乗り込んでから、考え込むように沈黙している。

「さてと、今のうちに、この世界の話をしておくわ」

 アリスは改まると、こほんと咳払いした。

「ここは≪ものがたり≫のくくりとしては共通してる世界だけれど、各々の世界は一緒に存在してるわけではないの」

「ん?」

「つまり私の【不思議の国】と、この【灰かぶり】の世界は、空間も時間も存在自体異なっているわけ。長い時間をかければたどり着ける、そういう繋がりはないのよ。あなたの世界との繋がりと一緒ね」

 有寿は頷きで応えた。

「で、本来繋がらないはずの空間を、馬鹿なウサギの穴が強引に繋いでしまった。本来なら私もシンデレラも、もちろん有寿、あなたとも出会うことなんて、ありえないことなのよ」

「てことは、世界が広がったんだ。面白いな、それ」

「はあぁ?」

 アリスは有寿をにらんだ。でも、それほど怖くない。

「なーにーをーのんきなこと言ってるの。≪ものがたり≫の世界が、善良なものばかりな訳ないのよ?どんな悪意に巻き込まれるか、分かったもんじゃない。今のところ被害は聞かないけど、物語の主人公、【核】の人物が万一ウサギの穴に落ちて戻れなくなったら、その世界は完全に崩壊するわ」

「でもアリスは戻れるんだろ?ほら、【歪み】がなんちゃらで。そしたらみんな同じように」

「甘ぁい!」

 アリスはぴしゃりと遮った。

「どこに繋がっているのか分かったもんじゃないのよ?いきなり死んじゃったりしたら、そこでもう一巻の終わり、ジ・エンド。復活なんてありえないの。しかもそれが【不思議の国】のウサギのせいってことは、責任はこっちにかかってくるのよ。それがどんなに大変なことか、有寿に分かる?」

「あ、え~と、ごめんなさい分かりません」

「それに逃げたい姫はごまんと」

「着いたわ」

 エキサイトするアリスの言葉を遠慮なしにぶった切って、シンデレラは声をかけた。アリスは有寿の胸倉をつかんだままの姿勢で固まっている。シンデレラは、ふたりの会話などさっぱり聞いていなかった。

 いつの間に敷地内に入ったのか、アリスの勢いに呑まれていた有寿には気付かなかった。ただ馬車から降りると、平凡な日本人である有寿には見たこともない規模のやかたが、でーんと待ち構えていた。個人邸宅と言うより、もう城レベルの建築物だ。

「でか…」

「どうぞ」

 知っている童話では小間使い扱いのシンデレラが、どうやってこんなでかい邸を掃除するんだろう。少なくとも湖でのんびり読書なんてしてる余裕なんてないよなぁ…有寿はそんなことを考えながら、彼女の後に続いた。


    ※     ※     ※


「お嬢様、お帰りなさいませ」

 有寿の思いは杞憂だったようだ。たくさんの召使が、シンデレラと客人であるふたりを丁寧に迎え入れた。ん?王子とハッピーエンドにでもなった後か?シンデレラをよくよく眺めてみれば、衣装もまともだ。継ぎもなければ灰まみれでもない。

「なるほどお城だ」

 有寿は勝手に納得した。てーと、悩みとは若妻の…って、うわ何考えてんだ俺っ。

 あらぬ方向に暴走しそうな思考を振り切るように、有寿は思い切り頭を振った。少女ふたりは全く意に介せず、つまりは放置プレイで部屋までの長い廊下を歩いた。

「遠慮しないで寛いでちょうだいね」

 シンデレラに促されるまま、有寿は大きなソファに腰を降ろした。途端、ずぼっと身体が沈み込む。あまりの柔らかさに腰が痛くなりそうだ。楽な姿勢を求めて無様にもがく有寿を完全無視して、アリスは少し離れた位置に腰を降ろした。

「で、悩みってなぁに?」

 お茶の用意が整い、人払いがすむとアリスは切り出した。有寿はソファに沈んだまま、会話に耳を傾ける。

「先日、お城で大規模なぶとう会があったの」

「あら面白そう。で、行ったの?

「…ええ。そこでね」

 シンデレラは一層表情を曇らせた。有寿は結果、ふんぞり返った体勢で少女を見つめた。

「舞踏会、か。王子とくるくる踊って、ガラスの靴を置いてきたってのが定番だよなぁ」

「違うから。()()会じゃなくて()()会」

 有寿の呟きをアリスが拾って訂正する。

「武闘会?」

「そうそう。わりとコロシアム的な方ね」

「いや意味分かんないし。え?好戦的なニュアンスってこと?」

「分かってるじゃない」

 それで?アリスはシンデレラに向き合うと、続きを促した。シンデレラはちいさく頷くと、目線を落とす。

「…ええ。継母かあさまや義姉ねえさまたちに強く止められていたのに、ついつい見に行ってしまったの。そこで、王子様に()った」

「うん」

 舞踏会と武闘会で若干ニュアンスは違うけれど、まぁよく知る【シンデレラ】の世界だ。有寿はその後のガラスの靴やらロマンスを想像した。…の割に、彼女はかなり浮かない顔つきをしている。

「継母さまたちの言う通り、私は家から出るべきではなかったの。どうしてお城に連れて行ってもらえないのか、本当はよく分かってた。私は護られていることを知りながら、好奇心に負けてしまったの」

 どうやら雲行きは怪しくなってきた。やはり有寿の知っている【シンデレラ】の世界とはまるで別物のようだ。

「武闘会の、それはもう白熱した試合に興奮してね。この火山が噴火していたことにも気付かなかった」

 試合を思い出したのだろう、シンデレラの頬の薔薇色が濃くなる。

「幸い、人目の少ないところで観戦していたのだけれど、運悪く王子様に見つかってしまって」

「…あのさ、ちなみにどんな試合?」

 有寿は何気なく聞いてみた。やっぱり剣術とかかなぁ、お城だし王子だし、西洋の童話だし姫だしドレスだし。

「プロレスありキックボクシングあり、ルール無用流血必至、なんでもありの異種格闘技戦よ」

「『殺せー!』とか『殺れー!』とか、普段すました貴婦人の口からもう普通に飛び交うの。興奮すること請け合いなんだから」

 色んな意味でね。アリスも楽しそうに相槌を打った。

「…≪ぶとう≫が優雅なワルツじゃなくて、血沸き肉躍る武闘…」

 有寿はがっくりと肩を落として項垂れた。対して少女たちは楽しそうに、それぞれの世界での死闘を語り、名場面に興じている。

「ずっと観戦を禁じられていたでしょう。話でしか聞いたことなかったから、本当に興奮したわ。でも、それがいけなかった。私のこの火山を知った彼らは、自分たちの城のエネルギーとして、これを欲したのよ」

 え?それそんなに実用的?有寿はじっとシンデレラを見定めた。どんどんと、ちいさな噴火を繰り返しては、銀の粉が彼女を飾る。

「便利な自家発電装置ですもの。捕まったら最後、一生お城の電力装置として飼われるだけだわ。そんなの耐えられると思う?」

 彼女の頭上、巻き上げられた髪の中に潜むちいさな火山が、見かけによらないエネルギーで噴火した。悲嘆しているようで、実はかなり怒っていたようだ。

 熱くないのだろうか、溶岩のような赤いモノが蛍光塗料のように発光して、金の髪の中ちら見えする。それでも、たんぱく質を溶かす悪臭はなく、ただこまかい灰だけが舞いきらきらと、粉雪のように周囲を彩った。それが更に少女の美しさを引き立てる。

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