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2.ウサギと森と灰かぶり1

 どかっと、全身に衝撃が走った。

 周囲は暗く、場所の認識はできない。それでも、落下による浮遊感は衝撃とともにおさまった。どこぞの地面に着地したのだろう。

 有寿は痛む背中と腰をかばうように半身を起こした。くいっと軽くひねってみる。ぴりりと痛みは走るけど、どうやらひどい怪我は負っていないようだ。

 霞んでた視界に光が戻り、背の高い木々がぐるりと囲むのを認識する。その光景の中、アリスの姿は見つからなかった。確かに手首をつかまれた気がするけれど、穴の中ではぐれてしまったのか。思案する有寿はふと視界の端に、こちらを眺める少女を捕らえた。

 少女はひときわ太い木に隠れるようにして顔半分だけ出し、怯えた表情で有寿を窺っていた。緑がかったグレイの長い巻き毛に、濃い銀鼠色の、飾りのようなものが垂れている。きらりと光る赤い瞳が印象的だ。

 「あのぉ」

 今にも泣きそうな表情の少女は、なお身体を隠したままおずおずと、有寿に声をかけた。

 「カラダ、大丈夫ですかぁ?」

 同時に銀鼠色の、垂れた飾りがぴくりと動いた。ちらりと見えた内側は、綺麗なピンク色をしていた。リボンにしては肉厚な、帽子にしては形の不思議な髪飾りだ。

 「多分、どこも折れてはいないと思う」

 けど。有寿の言葉を、聞き慣れ始めた少女の怒号が遮った。

「見つけたぁ!観念しなさい馬鹿ウサギ!」

「ひっ!嫌ぁ!アリス怖い、アリス怖ぁいぃ」

 …ウサギ?あれが?文字通り、脱兎の勢いで逃げ去る少女の、意外にグラマラスでセクシーな後ろ姿を眺めながら、有寿はとてつもなく怖い言葉を思い出していた。

「アリス、あのさ…」

「…なに」

 美しい金髪を乱し、気炎を上げて追いかけるも取り逃したアリスは、ぜーはー肩で呼吸しながら有寿を見た、と言うか睨みつけた。獲物を取り逃したハンターさながらの険しい表情に、血走った吊り目の容貌は、美少女というよりモノノケとか鬼婆に近い。有寿は怯みつつも、その、恐ろしい疑問を口にした。

「もしかして、探してるウサギって、あの娘?」

「そうよ」

 何分かり切ったことを改めて聞いているの?アリスは更にきつく眉を寄せた。

「いやいやいや、ウサギって言うより人間だろ?バニーガール的な?いや、あのさ。アリスはあの娘を解体、するの?」

「当然でしょ。だって、ウサギよ」

 何をそんなに戸惑っているの?アリスの言葉に、有寿は本気でめまいを覚えた。ぱっと見(と言っても逃げる時の後ろ姿だけだけど)、背格好はアリスよりも大きい印象だった。有寿よりは幾分ちいさいようだけど、どこから見ても人間の、少女の姿だ。あれを解体…。有寿の背中に、つめたいものが伝い落ちる。

「アナタの国だって、ウサギくらい食べるのでしょう。私、歌だって知っているのよ」

「いや、食べたことはないけど…歌?」

「ええ。ウサギ美味しあの山♪って。ちゃんと勉強してきたのだから」

 えへんと、誇らしげにアリスは胸を張る。どうしたものかと、有寿は助けを求めるべく池内を探した。もしかしたら、彼は自分に同意してくれるかもしれない。…してくれないかもしれないけど。藁をもわし掴む心境だ。一縷の望みをかけて見回したものの、池内の姿はどこにも見当たらなかった。

「…その知識は間違ってるから。てか、どう見たって人間じゃないか。それを解体って、解体って…」

「あら、美味しいのよ」

 アリスはこともなげに言う。え?食べたことあるの?有寿はぎょっとしてアリスを凝視した。アリスは笑顔でさらりと応えた。

「ええ、割と頻繁にいただくわ。ディナーのメニューには定番ですもの。…あらどうしたの?顔色が悪いわ」

「いや、え?食べるってあの人型ウサギを?え?えっ?」

「?そうよ?」

 アリスには、有寿の戸惑いが理解できないようだ。きょとんと、不思議そうに有寿を見る。有寿は混乱してぶつぶつと呟いた。解体…あのウサギを解体…。しかも自分が手伝うって…。

「嫌なひと。まさか食べる行為は善で、解体は悪とでも言うの?」

 肉類を食すあなたに、非難されるいわれはないわ。アリスはぷいとそっぽを向いた。

 いやだから、それは普段見慣れてる小動物のウサギなら…あいや、自分で潰すのはやっぱ無理だけど。悪と言うより、あれじゃ殺人のような、え?でもここではそれが普通?いや待て、落ち着け自分。これは夢だ。グロテスクだけどホラーだけど、もう夢だって自己解決したんだから何でもありってことで良いじゃないか。いやいやいや、それ本当に良いのか?って言うか、夢は潜在意識の現れって聞いたことあるぞ?え?じゃ、これは自分の深層心理?つか願望?

 今にも叫びながら走り出しそうなくらいに葛藤している有寿を尻目に、アリスは森の中を見回した。ちちちと、高い声で小鳥が鳴く。陽はまだ高いようで、木の間からきらきらと陽光が零れ落ちた。寒くもなく暑くもなく、適度に暖かい。通り抜ける風も優しく心地良かった。

「…ウサギはいたけど、ここは【不思議の国】ではないわね。空気が違うわ」

 一体、どこに落ちたのかしら。アリスはまだ混乱する有寿の背を、面倒臭そうに叩いた。

「ほぉら、陽の高いうちに森を抜けなくちゃ。しっかりしなさいな」

 アリスはそのまま池内に呼びかける。しかし、反応はない。数度試みた後、仕方ない、とアリスは呼吸を吐く。

「とりあえず、ここがどこだか確かめるのが先ね。行くわよ有寿」

「行くって、方向とか分かるのか?」

 何とか気を取り直した有寿は尋ねた、コンパスも地図もない。森の規模も分からない。下手したら、迷い続けて干からびてしまうかもしれない。得体のしれない獣に喰われてしまうかもしれない。

 有寿の不安を払拭するように、アリスは明るく言い放った。

「大丈夫。きっとどこかにたどり着くって。根拠なんてまるでないけどっ」

 有寿の不安は倍増した。

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