火祭り
「さぁ! 火を放てい!」
豪快な掛け声と共に火が放たれた。バチバチと音を立て、勢いよく燃え上がる建造物。
静かな巨人を思わせていたそれの変貌ぶりに、ある子供は恐れ
またある子供は目を輝かせ、見つめている。
が、次第にどの子供も体を強張らせていた緊張感が熱に溶けたようで
大人に混じって声を出し始めた。
「燃やせ―! もっともっと天まで高く! 天より高く! 燃えろー!」
掛け声はやがて陽気な歌になった。村の住人は火を囲んで踊り出す。
火祭りだ。年に一度、月が姿を隠す時が祭りの合図。
何百年と受け継がれてきたこの祭りは
三つの村で同時に開催され、その火の大きさを競い合うのだ。
この一年の間に用意した、燃料となる大量の薪も
初めはただ積み重ねられただけだったが、今ではどの村も工夫を凝らしている。
「おとーちゃん、うちらのはなんていうの?」
「ああ、あれはね、東京タワーって言うんだ」
「とうきょうたわー?」
「そう、昔の塔だな。去年のは覚えているか?」
「うーん?」
「はははっ。去年のはね、スカイツリー。それも塔だよ」
「とーう!」
「ふふふっ、この光景をよーく覚えておきなさい。お前も後を継ぐんだからね」
「でも、せっかくつくったのに、なんで、もやしちゃうのー?」
「神様にメッセージを伝えるためさ。私たちを見守っていてくださいって」
「かみさまー! みてますかー!?」
「はははっ、そうだな。天まで声が届けばいいんだがなぁ……」
「お、おい! 今見て来たんだが隣の山、アメ村の方が火が大きそうだぞ!」
「なにぃ! こっちも、もっと薪をくべろ!」
「何を作ったんだあいつら?」
「俺、三日前に見た! 六年前と同じ、女神だ女神!」
「あれは手ごわいぞぉ、もっと薪だ! 薪!」
「おい、アラ村はどうだ?」
「俺が見て来た! あっちもすごそうだ! でかいぞ!」
「何を作ったか知ってるやつはいるか?」
「二日前に見に行ったがわからん、とにかくデカかった!」
「毎年違うのを作るからなぁ、あそこの村の連中は」
「ええい! 負けるな! 燃やせ燃やせ!」
「……おとーちゃん」
「ん?」
「みんな、なんか怖いね……」
「ふふっ、そうかい?」
「んー、ねぇ、ぼく、おもうんだけどさー」
「ん? ふふふっ、なに?」
「みんなで一つのものをつくれば、もっと大きな火ができるんじゃないかなぁ」
「みんなって三つの村合同で? ふふっそうだなぁ。でも駄目なんだ。
ご先祖様の言い伝えでね。でもほら、他の村と仲が、すごく悪いわけじゃないだろ?」
「うん、ともだちもいるよ!」
「ふふふっ、そうだろ。それにほら、みんなの顔をよく見てごらん。
楽しそうだろ? 競争ってのはそう悪い事じゃないんだ」
紛争と違ってな。そう少年の父親はボソッと呟く。
その横顔に刻まれた傷の理由を少年に話したことはまだない。
「ふーん、じゃあ……もえろー! もっともっともえろー!」
「ああ、そうだな! 燃えろー!」
今宵も三本の煙が空に昇る。
それはSOSのサイン。
しかし、迎えの宇宙船は未だ、姿を見せず。
この星の近くを通るであろう定期運航船の目に留まるようにと
狼煙を上げていた彼らの先祖の計算は年月が経ち、ズレが生じているのだ。
彼らはその事に気づかない、気づけるはずがない。
だが、それは不幸な事ではないのかもしれない。
『今年から三つの村合同で後夜祭を始めてみないか?』
少年の父親はそう、村長に提案しようと思った。
煌めく我が子の横顔に目を細めながら。