1.ライトバード姉弟
【0.ララバイ】
「綺麗な星空だね。」
父の隣で仰向けになっている私に父はそういった。空に映るのは明るく輝くイルミネーション。小さな光から大きな光、丸いのから三角、四角とか色々な形があって、それぞれが力強く光っていた。
「星は、いつも輝いているのに、なんで夜だけしか見えないの?」
空の星が光るのは何時だって夜だけだ。あんなに明るく光ってるのならば、他の時間も光っててもいいだろうに普段は暗く明かりを消している。私の質問に、父は少し困った顔をした後、口を開いた。
「朝から夕方にかけてはね、もっと強い光があって、その光が他の星の輝きをかき消してしまうんだ。」
「そうなの?でも空はいつも変わらないよ。」
「そうなんだよ。いつからしか空はそんな風になってしまって、今は小さな星ばかりしか映せなくなってしまった。」
「残念、強い光のお星さま、見てみたかったな。」
そう呟く私に、父はくすりと笑う。
「それは無理みたいだよ、そのお星さまは光が強すぎて、その目で見ると目を焼いちゃうんだって……見ちゃいけない光なんだよ。」
「えー、なんでー強く光るなら綺麗なんでしょ!」
そう、不思議がる私に、父はどう言葉にしていいか悩んだ後、ふと思いついたように告げる。
「ねえ、いつか僕らは空へと帰る。僕ら1つ1つがこの空に輝く星になる。でもね、誰もがその輝きを間近では見てほしくないんだ。遠くから見ていて欲しい。だから」
「いやだーーー、ずっと一緒に居たいーーー。」
「そうは言ってもなぁ。」
「決めた、私ね、お父さんがお空でお星さまになったら、必ず会いに行くよ。」
そう決めたのだ。
「星になったお父さんに綺麗だねって言ってあげる。」
父は少し困った顔をした後、笑った。
「そうだね、それが叶うのならば、きっと君の世界はずっと素晴らしいものになるだろうね。」
二人で夜空を見るのが好きだ。空にはいつも明るく輝くイルミネーションがある。綺麗で、優しくて、どこか幻想的で、渇いた空を彩る唯一の美しさだった。
【1.ライトバード】
少年は小型のクレーン船の上で多機能ゴーグル越しに泥の海を見ている。ゴーグルの機能は熱量観測機能がついており、温度によって色が変わる。今回はあまり規模の大きくない仕事だ。わかりやすい『丘』は無いだろう。
「ねぇ、ヨシュアー、当たりはまだつかないの?」
そう少年、ヨシュア・ライトバードに後ろ髪を結んだ少女が尋ねる。
「まあ、待ってよ、姉さん。このヨシュア・ライトバードが竜の居場所を正確に探り当ててる最中なんだから……。」
端末から送られてきた情報がゴーグルに映し出され、ヨシュアはその情報を精査する。それを黙々とやっているのに少女は不満気に、
「熱いの!わかる?ミラお姉ちゃん日差しで死にそうなの。ふにゃふにゃになって溶けちゃいそうなの。だから早くしてくれると助かるなー。」
気温にして25℃、ここ数日では涼しい部類だ。しかし、ミラ・ライトバードからしてみれば、これでも地獄のような暑さらしい。
ヨシュアが探しているのはホールと呼ばれる泥の表面温度が高く、ゴーグル越しには穴のように見える部分だ。既に3つほど辺りはつけているのだが、本命は1つだけ、『泥掘り』にはリスクを伴うため、なるべく少ない潜泥で竜を掘り当てたい。
「決めた。」
ヨシュアは身にまとった潜泥服と装備を確認して、酸素タンクに繋がるマウスピースを噛む。活動時間は25分。それまでに見つけられなければ、今日は撤退だ。
「お、行くんだね?ついに行くんだね?」
ようやく出番が来たとミラがヨシュアに繋がる命綱を緩め、電子端末を開く。
「サポートの準備はおーけー!ゆけ、我が弟よ!遙かなる泥の中へと!!!」
そうミラが指を差す方向にヨシュアの目的のホールは無いのだが、まあ、いつものことなのでツッコミもせず、ヨシュアはミラに後ろ手に手を振って、泥海の中へと身を落とした。視界が茶色に染まる。粘りの泥水が全身に纏わりつく感覚に、ついに仕事が始まったという実感を得る。泥水は生暖かい。色がついた泥水の中にいるとすぐに方向を見失う。目的はどこで、自分はどこに居て、沈んでいるのか、浮上しているのか、すぐにわからなくなる。だから、潜泥前にゴーグル内の機能で目的地に電子マーカーを打ち込んでその方向を起点にすることで自分の居る位置を把握する。背中に背負ったエアジェットを軽く吹かせて目的地へと向かう。水温が急激に冷たくなったのを潜泥服越しにも感じた。
(勘は当たりかな。あとはどれぐらいの深度に居るかだけど……。)
マーカー付近から下に潜っていく。浅層にあれば、楽な仕事なのだが、それより深いとどこまで命の危険度が増す。ミラがヨシュアの命綱を握っており、もし潜泥可能時間を超過したならば、すぐさま引き上げてくれるだろうが、なんらかのアクシデント、例えば酸素ボンベを損傷などしたら、引き上げられるが先か酸素を失って死ぬのかが先かという話になる。それを想定すると深く潜れば潜るほど、引き上げられるまでの時間がかかり、命の危険は高くなる。
「優しいお姉ちゃんから、可愛いヨシュアへの耳寄りな情報です。」
イヤホン越し通信でミラの声が届く。マウスピースを口につけているヨシュアは口で返事が出来ないため、指につけたコンソールで相槌を打つ。
「死骸の斥力場がうずまきを発生させてるよ。もう20秒後には渦に飲み込まれるから、戻るならば早めの帰還をオススメしますが、いかがしますか?」
そう答えのわかっている事を丁寧語で聞いてくる姉に、ヨシュアは当然のように進むことを伝える。
「よくぞ、言った我が弟。斥力の発信源から特定した死骸の在り処の座標を送るね。大丈夫、命綱はこのミラ・ライトバードが握ってるからね、帰ったらバナナと泥亀のステーキ食べよう。」
それは魅力的な提案だと相槌を打って、ヨシュアは泥水の中を潜っていく。揺れを感じた。渦巻きだ。その流れに飲み込まれれば、最悪死の可能性もある。だが、もう逃げる選択肢は無い。この渦を突っ切って、竜の元へとたどり着く。エアジェットを下方に向ける。送られてきた情報から渦の力の抵抗が一番少ない中心部にマーカーをセット。エアジェットを最大出力で吹かした。体が渦に向かって行く、体が多方向に引っ張られるのを感じた。潜泥服がなければ体はぐちゃぐちゃになっていただろう。
渦を抜ける。
(アンカー! )
急激に自身を押し返そうとする強いベクトルが発生する。それは竜の体を守る斥力場の結界だ。腕につけたアンカーを竜に向け発射する。アンカーは結界の斥力場に穴を開ける。その中へとヨシュアは潜り込んだ。すぐさまヨシュアは体を丸め、衝撃に備える。死骸は斥力場で作られた空洞の中にある。そこに入るということは空洞の中に落ちるということを意味する。つまるところ、そこはもう泥水の中ではなく死骸の近くで落下するという事である。衝撃に耐え、体の各所で着地点を分けることでダメージを受け流した。
斥力場で構成された地面は不安定だ。バランスを崩さないように立つ。見上げると全長20mにもおよぶ竜の遺骨がそこにはあった。
ヨシュアは思わずガッツポーズをした後、コンソールで姉に到着した事を連絡する。
「ご苦労さま、器具取り付けたら引き上げるから、ゆっくり休むがよい……。しかし、20m級か、ふひひ、いい儲けでござるなぁ。」
ご機嫌な姉に、こちらの苦労もしらないでと肩で息を吐く弟。これが『泥掘り』ライトバード姉弟の日常だった。
ある時、世界は泥に沈んだ。海は泥になり、地面も泥に埋まり、人はコロニーと呼ばれる浮上する集落の上でしか生存を許されなくなった。
【2.マッドスターヒューマンズ】
コロニー21号。泥の海に浮上している人工島の1つ。土台に竜の骨を使うことで浮力を得て、浮かんでいる人類の32の生存圏の1つ。その港にライトバード姉弟のクレーン船が入港した。後部には竜の白骨化した死骸が吊り下げられている。港にはライトバードの報告を受けて集まった竜工業者が集まっている。泥海から引き上げられた竜の骨は、ライトバード姉弟の指名した業者の手によって解体され、市場で競売にかけらえる。竜は人間が生きるためにはかかせない資源だ。体の各部は斥力を持つ為、様々な道具や乗り物の素材になり、肉片は燃やせば燃料にもなり、粉末にすれば薬にもなる。あらゆる事を可能にする万能の聖杯とも言える。人間は『泥掘り』と呼ばれる職に就く者たちの手によって泥海に沈んでいる竜の死体を集め、極限環境で生きる術にしている。
「しかし、骨のみか……中型だから髭は無いとはいえ、肉片があればよかったんだがなぁ。」
ライトバード姉弟を迎えた解体業者ロイド・アイボーグはそう引き上げられる白骨を見ながらぼやく。
「何、竜の血でも欲しかったの?」
そう残念そうにするロイドを覗き込むようにして、ヨシュアは尋ねた。ロイドは聞かれていたと思わずに、すこし固まった後、
「失敬。流石に竜の血までは期待してはねえんですが、核炉が、なんの供給もなければもう持って40年、俺の代は大丈夫でしょうが息子の代が心配で仕方ねえんですよ。肉片ぐらい残ってればよかったんですけどね。」
そう取り繕って苦笑いした。
「骨からエキスを抽出して、それを炉に入れて熱に変えることも出来るって聞いたけど?」
「それは最終手段ですよ、竜の骨の斥力だって無限に続く訳じゃありません。今だって定期的に交換して、このコロニーは泥海の上に浮かんでいるんです。部位に寄って最も効率の良い使い方をしたいというのはコロニーとしては当然の考え方ですよ。」
「そういうもんなのかなぁ。」
竜の骨は、人の手によって港にあげられる。骨の各部位に取り付けられたバランサーが骨から発せられる斥力を無力化していた。ヨシュアは、ロイドに電子端末を見せる。ロイドはそれに自分の端末を当てて認証。これでロイドにヨシュアが引き上げた竜の死骸は引き渡された。市場での売上からロイドの会社の仲介料を引いた額がライトバード姉弟の取り分になる。
「よし、仕事終わり!姉さん、ご飯食べに行こう!」
ヨシュアは遺体が業者に渡されてるのを眺めていたミラに声をかける。
「お、何食べる?亀肉?それとも甘味?」
「先にご飯。泥魚食べてこっちは口が参ってるんだから、美味しいもの食べて人間の味覚を取り戻したい。」
泥海上で釣れる泥魚は脂が多く、味がくどく飽きやすい。タンパク質を取るという名目がなければ、そう何日も口にしたいものでは無い。
「じゃあ、東部の市場だね。店はどうする?『越天亀』?それとも『上火』?」
どちらもコロニー21号では有名な亀肉を使った高級料理店だ。『越天亀』は特上の亀肉に香草、薬味などを擦り込み柔らかくして熟成させたものを焼いて提供してくれる。『上火』は逆に素材の味を活かした素朴な味付けが特徴だ。
「『越天亀』かな、王道なのを食べたい。」
「味付けの濃い奴だね。いいよ。じゃあ、ホバーバイク借りて行こう。」
「僕が運転するからね?」
「なんで?私が運転する……。」
「僕も命が惜しいので……。」
そういって、二人は港から出ていく。
「あれがライトバード姉弟?二人ともまだ20歳でも無いだろうに『泥掘り』なんて命がけの稼業をよくやっているもんすねー。」
様子を眺めていたロイドに部下がそう尋ねた。ロイドは呆れ声で、答える。
「ただの泥掘りじゃねえ、このコロニーで個人業主では最大の竜の引き上げ量を誇る連中だ。1年に平均4頭だぞ?大手が100人ぐらい総動員してやっと1年7頭なんだ、化け物みたいな連中だぜ。いくらハイエンド機を使っているとはいえ小型のクレーン船1隻で出来ることじゃねえよ。どんな手品を使ってるんだか……。」
※※※
「またお待ちしております。」
『超天亀』の店員がそう入り口で頭を下げたのを背にして、ライトバード姉弟は店を出た。
「美味しかったぁ!やっぱり、これだよ。贅沢を尽くした感じの食事、この瞬間の為に頑張ってるって感じがする。」
ヨシュアは満足そうに自分のお腹を撫でる。亀肉はヨシュアにとって帰港した時の最大の楽しみだ。ミラもそれに頷いて、
「肉もそうだけど、最後に締めで出てくる麺がね、たまらなく好き。上火の白米も美味しいけどね。」
「米とか長らく食べてないなぁ。」
「船旅してる間は芋が主食になっちゃうからね……。」
芋を主食にするようにしたのは保存が効きやすく、焼いて皮を剥けば食べれる上に、調味料で味付けを変えやすいからだ。長丁場になる時には、風景がほとんど変わらない泥海の上では、食事こそ最大の気分転換になる。
「ねえ、何かもう1件行こうよ。」
「さっき、デザート出たじゃん。寒天固めた奴。」
「物足りないの。コースとかで出てくるデザートってだいたい一口で終わっちゃうじゃん?お姉ちゃんはもっと食べたいわけですよ。」
「僕はもうお腹いっぱいなので、行くなら姉さんだけで行ってきなよ。」
「誰かと一緒に食べるのが一番美味しいんだよ?」
「彼氏でも作れば?」
「ヨシュアとがいい、駄目?」
「駄目。」
即答するヨシュアにミラはむっと頬を膨らませる。
「なんでさ!」
「さっきから、そこで僕らに接触しようと時期を見計らってるおじさん居るでしょ?たぶん、お仕事の話。だから僕は、それを聞かないといけない。」
「向こうの都合なんだし、今じゃなくてもいいでしょ?」
「そんな事言って、大手に話し流れちゃったらどうするの?」
「それはそれでいいじゃん、一仕事終えたんだよ?」
「あのね、姉さん。なんで僕がこんなに頑張ってるかわかる?」
「そりゃそうなんだけどさ。どうせやるなら、楽しくやりたい訳だよ?お姉ちゃんとしてはさ!もちろん目標は大事だけど、そこにどうたどり着くかっていうのが本当に大事なものだと思うな……。」
そう言うミラにヨシュアはため息を吐いて、
「わかった、姉さん。お互いに妥協しよう。姉さんは先に繁華街で美味しいものを食べる。僕はあの人と話を手短にして、姉さんと合流して美味しいものを食べる。これを落とし所にしない。」
「いいけど、どれぐらいかかる?」
「そうだね……。」
ヨシュアは1時間と言おうとするが思いとどまった。目の前にいる人物が、そんなに長い時間待てるような性格では無いのは知っている。それでいて、姉はしつこい性格だ。一度腹を立てると不満をずっと定期的に言ってくる。「あの時は寂しかったなぁ。」「本当は一緒に食べたかったなぁ。」「あれ美味しかったのに一緒に食べられないの残念だなぁ。」といった話を、一ヶ月は引きずる。そうなる度にヨシュアは堪えていた。
ヨシュアは仕方ないと肩で息をして、
「40分。」
「ちょっと長くない?」
ヨシュアの指定した時間に不満そうなミラ。
「滅茶苦茶妥協してる。おーけい?」
「ま、しょうがないかぁ。」
そういって店の駐車場に停めてあったホバーバイクに乗る。
「ヨシュア、バイクのキー貸して?」
「嫌だけど……。」
「なんでさ!」
「姉さん、乗り物乗る度にどれだけ器物破損の弁償させられてるか理解してる?」
「私達が稼いでる額からすれば、払える額でしょ?」
「そういう問題じゃないから、ちゃんとモノレールに乗ってください。」
「ヨシュアの馬鹿!大嫌い!」
「はいはい、後でね。」
「べーだ!」
そういってスタスタと徒歩で駅へ向かう姉を見送り、ヨシュアは自分たちを伺っていた男に目配せをする。男は頷き、頭に被った帽子で顔を隠すようにして近づいてきた。男はの茶色のスーツに紺色のネクタイ。襟には六角形の真ん中に星が描かれたバッジをつけている。これはコロニーの行政局に務める人間を示すバッジだ。
「行政局が何のようです?こちらは仕事を終えて疲れて帰ってきたばかりだというのに失礼だと思うんですが?」
「その件については容赦を、ミス・クラッシャーゴリラを怒らせるのは我々も本意ではありません。」
男は遠巻きながら、ヨシュアとミラの会話を聞いており、状況を把握しているようだった。
「話が早そうで助かります。でも姉さん、ゴリラって呼ばれるの嫌がってるので、口には出さない方がいいですよ。」
「名誉だと思いますが……。」
ゴリラ。前世界に存在した記録のみに残された類人猿。既に絶滅している。曰く岩をも砕く握力とバイクに轢かれても無傷で立ち上がる丈夫さを持つ。腕を広げて回転すると空を飛ぶことが出来る。バナナが好きなど様々な逸話が存在している。かの歴史学者であり、動物学者でもあるティム・スタンバーは「ゴリラとはかつての人の姿です。人は今は文明の利器によって様々な利便を得ることで動物本来の膂力を失いました。ゴリラとは強かった時の人の種としての姿なのです。」と語った。そこから、ミラ・ライトバードの様々な怪力超人としての逸話は人がゴリラとしての力を取り戻した突然変異種である為と噂されるようになったのである。交通機関を利用することでで車両事故に会うこと24回。その全てを無傷で生還している。おおよそミラ・ライトバードの身体能力は人間の域を遥かに超えていた。ゆえに人々は経緯と畏怖を込めて呼ぶのだ。伝説のゴリラの生まれ変わり、ミス・クラッシャーゴリラと ……。
「時間が無いので話を進めましょう。」
「そうですね。観測局が新たな竜の浮上を確認しました。」
「端末にデータを送ってもらっても?」
「はい、こちらです。」
お互いの電子端末を重ねることで情報が譲渡される。ヨシュアは渡された情報のファイルを開き、読む。それを補足するようにして男が口を開いた。
「サイズからして中型の竜と思われます。斥力場の強さはAランク。ここまで強いということは、まだ肉が残っているかもしれません……。」
「美味しい話だけど、それをウチに依頼する理由は?大手の方が道具も機材も揃ってると思うけど……。」
「無論です。ですが、問題は場所でして……。」
ヨシュアは端末の情報から男が何を言い淀んでいるのか理解して、ため息を吐く。
「境界沿いですか……。」
「そうです、コロニー18号との境界沿いになります。無論我々コロニー21号の領有権内ではあるのですが、コロニー18号はクエンファミリーの傘下。彼らは強硬的な手段に及ぶことに対して迷いがありません。」
意味することといえば、大手の『泥掘り』がその騒動で機能不全に陥る状況になると困るということだ。コロニーの物資の主要なものは大手が手に入れている。ライトバード姉弟の持ち帰ったものは、想定に上乗せされたボーナスのようなものだ。もし失ったとしてもコロニー21号は、被害を最小限に抑えて存続する事ができる。
「諦めてもいいんじゃない?大型なら喧嘩する価値あるけど、竜の血でも欲しいの?」
「血より肉ですね。現在、我々のコロニーは燃料不足に悩まされています。いつ竜が浮上しなくなるかもわからない昨今では15年と3ヶ月分程度の貯蓄では不安と言う他ありません。」
そう淡々と話す行政局の男にヨシュアは顔をしかめる。
「港の人は40年って言ってましたけど?」
「そう我々が情報を公にしてるだけですので……。」
「聞きたくない数字を聞かされたなぁ……。」
コロニーの貯蓄する燃料の量は公開されていない。中枢のみで共有される情報だ。
「あなた方は報酬より義を重んじると聞き及んでいるので、こちらの方が興味を引けるかと思いまして……。」
「趣味が悪すぎます。」
「それで、いかがですか?」
尋ねてくる男にヨシュアはため息をついて、
「まあ、肉あるかもしれないけれど、無い可能性もありますからね。前金で500万ゴル、持ち帰ったら3000万ゴル、肉があったらプラス上乗せで2000万ゴル。リスク鑑みたら、とりあえずこれぐらいはつけていいと思うけど?」
「問題ありません。」
「じゃあ、交渉成立。契約書送って頂戴。」
男は端末を操作する。
「送らせていただきました。確認してください。」
ヨシュアは送られてきた契約書を端末で確認する。それと同時に時間を確認する。既にミラと分かれてから20分の時間が経過していた。
「とりあえず受ける方向ではいるけど、契約書をじっと読んでる時間無さそうだから、後で送るって事でいい?」
「今日中に返事を頂けるのでしたら構いません。」
「じゃあ、そういうことで……。」
頭を下げる行政局の男に背を向けて、ヨシュアは姉の元に向かった。
※※※
ヨシュアがミラを探し当てたのはミラと別れてから42分後だった。約束の時間から2分遅れた。
「ヨシュアはさー、なんで約束を守れないのかなー?」
ミラは、そう不満気に言いながらチョコレートケーキを頬張る。この物言いには、ヨシュアも文句があった。何故ならば、ミラはわざわざヨシュアが遅刻するように探しづらい店を選んだからだ。ミラは基本的に繁華街に来たときに行く店は決まっている。食事なら寄せ鍋の『或羽子』、芸術料理店『カルテシア』、麺料理『きっ斗』のどれかだ。デザートならば、餡を包んだ団子が名物の『任技瑠州』、17種のケーキが看板の喫茶店『衣舞』、生のフルーツを使ったパフェが特徴のフルーツパーラー『アトラム』だ。
それ以外の店を選ぶ時は、大抵何かを目論んでいる時なのだということをヨシュアは知っていた。
「姉さん、一人で行かせたことを怒ってるの?」
そう尋ねるヨシュアにミラは大げさに頭を横に振って否定する。
「いーえ、いーえ、お姉ちゃんはそんなことは思いませんとも!単に遅れてきた弟に!約束を守らなかった弟に!怒っているだけですとも!!」
ヨシュアは注文したコーヒーを口にする。
(薄い……。)
その味に思わずため息を吐きたくなった。それはまるでお湯のようなコーヒーだった。お値段500ゴル。安い食事は食べられる値段だ。ほんの薄く苦味のある味が白湯より酷いものを飲ませられている気分にさせる。気を入れ直して、ふと見上げれば、ミラが瞳に涙を浮かべていた。ヨシュアは一瞬、一人で行かせたことが涙を流すほど辛かったのかと思ったが、ミラのケーキを咀嚼する遅さで違う事を察する。
「泣くほど不味いの?」
「お砂糖がほとんど入ってない苦いチョコレートがしんどい……。あとクリームがなんかザラザラしてる。スポンジもパサパサ・・。」
ミラは、正直に白状した。
「一口、頂戴?」
「うん。」
差し出されたフォークに刺さったケーキを一口で食べる。瞬間、口に広がる苦味。ビターとも言えないカカオ100%の味。なんか固形化してる気がするクリーム。焼きすぎて硬いスポンジ。赤点すら渡したくない内容に思わず涙が溢れる。
余談であるが、コロニーにおける料理というのは贅沢なものである。ヨシュアが普段行く店は泥掘りの多額な報酬から行くことが出来る高級店であり、その実、素材や調理師がいる確かな店は希少だ。実際には食べれればいい、素材は足りないので代用か引き算をするといったものは普通であるし、調理師を雇っておらず、我流で店をやっている場合が多い。
「姉さん、怒らせるようなことをしたのは謝るけどさ、いい加減学んでくれない?」
そう皮肉混じりに言うヨシュアにミラはむっとした顔で、
「何もかもヨシュアが悪い!」
そう子供のように拗ねる。
「なんでそんなに怒ってるの……?」
「だって、ヨシュアは今日が何の日かおぼえてないでしょ!?」
「何って……。」
端末を取り出し日付を確認する。そして少し考えた後に「あっ。」と声が出た。
「僕の誕生日か……。」
「そうだよ!やっと気づいたか、せっかくこの清く気高く美しいお姉ちゃんが、ヨシュアの18歳のお祝いをしようとしてたのに……。このクソガキは、一緒に行かないとか言い出して、その後めんどくさそうな顔して、それでいって私を一人で行かせて、怒らない要素ある!?」
ミラは、睨むようにヨシュアを見る。
(正直、理不尽だと思うけど、まあ、僕の事を気遣っての行動な訳だし、昔を思えば滅茶苦茶成長してるわけだし、ここで角を立てることはないか……。)
少しの逡巡の後、ヨシュアは頭を下げて
「ごめんなさい。」
そう謝った。ミラはそれを見て、仕方がないなとでも言いたげに肩で息をして、
「誕生日に免じて許してあげる。私、お姉ちゃんだしね。」
そう少し偉そうに言った。
※※※
「それで仕事受けるんでしょ?何時出るの?」
端末で契約内容を確認してるヨシュアにミラは尋ねた。
「3日後かなぁ……。」
「早くない?2週間ぐらいはゴロゴロしていたいよ。」
「結果がさっさと欲しいって話だからね。最近浮上してきたばかりの竜だから、18号コロニーが動き出す前にさっさと回収する必要があるんだ。」
「浮上してきたばかりかー、老衰したのかなぁ……。」
「無謀にも、空を目指してきたとかは?」
「だったら面白いけど、まあ、死んでたら世話ないね。」
「薄情な奴。」
「そ、私はヨシュア以外には薄情なのだ。」
そういってミラはにまりと笑う。その言葉の意味するところに少し頭を抱えたくなる感覚を覚えながら、ヨシュアは出航に必要な物資を手配する。ライトバード姉弟の新しい仕事が決まった。
たった3日の休暇だった。
泥海冒険もの?結構へんてこなディストピア世界で生きる姉弟のお話です。
全三話と短い間ですが、よろしくお願いします。
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