殺された日
学園に行くと昨日の婚約破棄の噂が広がっていて皆が私を見てヒソヒソしている。
言い返したかったが、マーサの言葉を思い出した。
愚かな所業の罰、反応したら駄目。
そう思ってもなかなか耐えなれるものではない。
私は昔から堪え性がなかった。
何をやるにもすぐに癇癪を起こし逃げ出していたのだ。
周りのヒソヒソクスクスの雑音が鬱陶しい。
ジャスパーも辛いだろうと思っていたら、学園を休学していた。
それを知ったのは学園祭パーティの1週間後、周りの嫌味でだ。
「ジャスパー様は恥ずかしくて休学届けを出しているのに、あちらの方は平気で通っておられますわね。」
「恥を知りませんのよ。姉の婚約者を取るぐらいですもの。」
「アゲート様もあのような妹を持ってお可哀想に。」
「阿婆擦れと同じ学園に通うだなんて嫌だわ。」
阿婆擦れと言われ我慢できなくなり、噂する令嬢の肩を掴んで怒鳴ってしまった。
「誰が阿婆擦れですって?!」
私はジャスパー以外に擦り寄ったことなんてないわよ!
肩を掴まれた令嬢は大袈裟に痛がりまわりの注目を集めてしまった。
そして間の悪い所にアゲートが来た。
「カルセドニー、止めなさい!」
肩を押さえて痛がる令嬢に私の妹がと謝っている。
私はまた叫び出したい気持ちを堪えその場から逃げ出した。
廊下を走っていると前からオニキスが見えた。
「オニキス!」
私を見たオニキスは嫌悪を隠しもせずにいたが構わずに腕を掴んだ。
「お願い!私をもう一度婚約者に戻して。
貴方を愛してるの!」
私の愛の告白にオニキスはプッと吹き出した後大笑いした。
「僕を愛してるだって?君が愛してるのはジャスパーだろ。
愚か者同士お似合いじゃないか。」
「違うわ。私が本当に愛ーー」
オニキスの冷たい瞳に最後まで続けられなかった。
「僕は君を愛していないよ。
僕も僕の両親も本当はアゲートを婚約者にしたかったんだ。
でも次男であるジャスパーのコーネル伯爵家は従属爵位がなく、僕のタリグ侯爵家は伯爵と男爵の従属爵位を持っている。
将来三男の僕が男爵位を継ぐから次女の君が婚約者となったんだ。
政略が貴族の義務だけど君みたいな阿婆擦れと結婚しなくてはいけないなんて神を恨んだよ。
でも結果的にはアゲートと婚約できたんだ。
今では君とジャスパーの愚かな行動に感謝しているよ。」
」
私は体の力が抜けてその場に崩れ落ちた。
私だってオニキスに嫌悪感を持っていた。
相手も同じように思っていても不思議じゃない。
そんな私を一瞥してオニキスは去っていった。
放心状態で邸に戻るとマーサが出迎えてくれた。
何も聞かずに部屋に連れて行ってくれ温かいお茶を差し出される。
一口飲んで学園であったことを正直に話した。
自分がした馬鹿な行動も。
「オニキスもオニキスの両親もアゲートが欲しかったんだって。
でも私が次女だから男爵位を継ぐオニキスが婚約者になって爵位を持たないジャスパーがハシャス伯爵家の後継当主になるアゲートの婚約者に選ばれたって。
今回の婚約破棄に感謝してる、阿婆擦れの私と婚約した時神を恨んだって。」
口に出せばどれ程自分が愚かだったか本当に理解出来た。
マーサは私を抱きしめてくれた。
「泣いていいんですよ。」
マーサの優しい言葉に体中に渦巻いていたものが外に溢れ出た。
これが罰なの?
姉の婚約者を奪って衆目の中で婚約破棄したからこんな目にあうの?
当たり前だ。貴族は面子を重んじる。
あんな醜態を晒して姉を貶めた者を貴族達が許すはずが無い。
「アゲートのものが欲しかったの!なんでもいいから奪ってやりたかったの!!」
私は泣きながら汚い欲望を吐き出した。
それでもマーサは私を見捨てないって知ってたから言えた。
「お嬢様はどうしようない馬鹿ですね。なんでもいいのではないでしょう。
本当に欲しかったのは何か考えて下さい。
それが解れば愚かな事はしなくなりますよ。」
マーサは私が泣き止むまで抱きしめ続けてくれた。
あの後マーサはお父様に私が学園に行ける状態ではないから領地で療養させるよう頼んでくれた。
お父様は私の自業自得だから学園には通わせると言ったがアゲートが口添えして2日後に領地にマーサと行く事になった。
私はマーサに謝った。
お父様に土下座までして頼んでくれたのだ。
「ごめんね、あんな真似までさせて。」
次女の乳母程度では罰を受けるかもしれなかったのに。
「勝算があってしたんですよ。
アゲートお嬢様がいるから絶対に口添えしてくると分かっていましたから。」
「アゲートは優しいからね。」
嫌味っぽく言うのをマーサは咎めなかった。
「優しさに期待したのではありません。
アゲートお嬢様にとってお嬢様は側にいてもマイナスにしかならないから遠くにやりたかったんですよ。
だから口添えするだろうと。」
「どういうこと?」
マーサはまるでアゲートが計算して私に優しくしていたように言う。
マーサは答えずに微笑んで旅の準備を始めた。
2人で黙々と用意をしていると執事がジャスパーの訪問を告げてきた。
私とマーサは2人で顔を見合わせた。
もう夜の10時だ。
こんな時間にいくら婚約者とはいえ、お父様が訪問を許可するなんて。
でも当主が許したなら行かなければならない。
今はジャスパーの顔を見たくなかったけど仕方ない。
マーサと2人で応接間に行くとジャスパー1人だけだった。
どうして護衛騎士も侍女もいないの?
普通邸の者が人払いしない限り客人を1人にするなんてありえない。
嫌な予感がするけど気のせいだと思い入ろうとしたらマーサに止められた。
「お嬢様、入ってはいけません。」
マーサの険しい顔なんか滅多に見ない。
怒る時でも笑顔で怒るのがマーサだ。
「でもお父様が許可したんでしょう?」
私だって入るのは嫌だけど···
「旦那様の所に一緒に行って聞いてみましょう。
誰もいないなどおかしすぎます!」
マーサと共に出ていく前にジャスパーに気付かれた。
彼が立ち上がりこちらへ向かってくる。
服は皺だらけで自慢の金髪も乱れ、その目はギラギラと光っていた。
なんでこんな人を通したの?
私は怖くなり後退りマーサが前に出て私を隠そうとした。
「退け!」
ジャスパーはマーサを突き飛ばし壁に頭を打ってそのまま倒れた。
「マーサ!」
私はマーサのもとに駆け寄ろうとしたがジャスパーに推し倒されて腹の上に乗られ首を締められる。
「お前のせいで何もかも失った!
お前のせいで!!」
怨嗟の言葉を吐きながら私の首を締め続けるジャスパーは涙を流していた。
マーサ大丈夫かな。
頭打ってたけど死んだりしてないよね。
最後にマーサの無事を祈って私は死んだーーー