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前編・公爵令嬢視点

ハイスペックかつイイ女の悪役令嬢が書きたい!という野望のもと書き始めたのですが……どうしてこうなった。

「……ご都合伺いもせず押し掛けてしまい申し訳ありません、リアンナ様」

「あら、構いませんのよ、ルンド子爵令嬢フィアルカ様。幸い貴女のおかげで、このところはわたくしにも学園で自由に使える時間が増えたものですから、お礼がてら何か贈り物をしなければと思っていたところでしたわ」


 ああ、つい皮肉を口にしてしまいましたわ。少々はしたなかったかしら。

 もっとも、目の前で小さくなっているご令嬢は、非常に愚鈍……いえ鈍感……もとい素直な方なので、言葉の裏に隠された棘というものに気づくことはないのですけれど。


 ご挨拶が遅れましたわね。ごきげんよう、皆様。わたくしはアルヴェシオン公爵が長女、リアンナと申します。

 わたくしの目の前、応接室のソファに埋もれるように座っている小柄なご令嬢は、ルンド子爵家三女フィアルカ様。

 二歳年下の彼女が、わたくしも通う王立学園に入学してきたのはちょうど半年前。見事なピンクブロンドを腰まで伸ばした妖精のように可憐な容姿が入学早々に話題をさらい、素直で純真な人柄に男子生徒が次々と魅入られ、現在では男子生徒の約六割が彼女の虜になってしまったとか。

 六割というのはまあ誇張だとしても、わたくしの婚約者である第一王子ジェイリッド殿下が彼女に骨抜きにされてしまったのは紛れもない事実ですわ。


 お礼という言葉に恐縮してしまったらしく、フィアルカ様は申し訳なさそうにわたくしの顔を上目遣いに見てはうつむくという動作を繰り返している。

 ……あまりにも容姿にふさわしすぎる、庇護欲をかきたてる仕草ですわね。わたくしのような、よく言えば大人びた、悪く言えば老け顔のつり目女には、見事なほどに似合わない少女らしい振る舞い。

 羨ましい、などとは全く思いませんけれども、完全に無関係の立場であれば、素直にこの愛らしさや素直さを愛でる気にもなれたかもしれませんわね。

 そうなる未来が存在するかどうかは、微妙なところではありますけれど。


「そんな、お礼だなんて……私がこちらに伺った理由をお知りになれば、リアンナ様はお礼どころか、私を視界にも入れたくなくなるかもしれません」

「まあ、楽しみですわ。フィアルカ様のご用件、是非とも聞かせていただきたいですわね」


 朗らかに言ってみせるわたくしですが、正直なところ現状でも、フィアルカ様を視界に入れるのはできるだけ遠慮したいですわ。

 フィアルカ様ご本人がどうこうと言うより、彼女を取り巻く男性陣の振る舞いがあまりにも恥知らずすぎて、思い出すだけで不快になってしまうのですもの。フィアルカ様を正式に妻に迎えようと無駄な争いを繰り広げる前に、まずご自分たちの婚約をどうにかするのが本来の筋でしょうに。

 政略に基づく婚約というものは、往々にして破棄や解消は面倒なものですけれど、実は学園在籍中に限っては、新たな出会いも多いことから、ごく簡単な手続きのみで婚約解消ができる決まりになっておりますので、その気になれば筋を通すのも簡単であるはずなのです。……逆を言えば、愛想を尽かした女性側からの申し出一つで即日解消、お相手の皆様の社会的立場は丸潰れ……ということにもなりかねないのですが、フィアルカ様に夢中の男子生徒の皆様に、そんな自覚があるはずもありませんわね。


 ああ、誤解をなさっていらっしゃるかもしれませんが、フィアルカ様は虜にした男子生徒全員を特別扱いしているわけではございませんのよ。多くは「よくしてくださるお友達」として、十分とは言えなくとも節度を持って接していますし──それはそれで大いに女子生徒の皆様の反感を買っているのですが、ともあれフィアルカ様にとっての特別な男性は、ジェイリッド殿下ただお一人とのこと。

 流石と言いますか、男性を見る目はそれなりに確かなようですわね。多少の打算もあるのでしょうが。

 ただ、彼女が望む立場によっては、国や国王陛下にとっては最悪になりかねない事態ですので、報告を受けた陛下は頭痛をこらえるようなお顔で深々と溜め息をついていらしたとか。魔法騎士団長の任にあるわたくしのお父様は、「殿下ともあろうお方が何と軽率な真似を……!」と、厳めしい顔を更に険しく歪めておいででしたわね。

 わたくし? ええ、殿下のことは今でもお慕いしておりますけれど、あからさまに他の女性しか目に入っていない状態の殿方にすがりつくなどという無駄な行為をする気はありませんわ。不愉快ではないと言えば嘘になりますが、本気の心変わりではないと分かっておりますし、信じてもいますもの。


 ……それにしても、無知とは本当に恐ろしいものですこと。


 わたくしの闇色とは対照的な、艶やかなピンクブロンドを眺めつつそんなことを思っていますと、覚悟を決めたらしいフィアルカ様が、わたくしの目をまっすぐ見てこう言いました。


「どうかお願いします、リアンナ様! 私を、ジェイ様──ジェイリッド殿下の側妃として認めてください!」

「……はい?」


 ……耳を疑いました。

 せめて殿下とわたくしの卒業後、結婚式を終えてからであればまだ──いいえ、それでも有り得ませんが、今の状況で側妃として認めろとは……色々と段階を飛ばしすぎですわね。


 一口に側妃と言っても、国ごとに在り方が違ったりもするのですが、我が国ではごく一般的な意味に近く、「国王と王太子の正妃以外の妃」を指す言葉です。

 ただし側妃となるためには、国王陛下と王妃様の許可が必須で、王太子の側妃であれば加えて王太子妃の許可を得る必要があるのです。要は正妻が承諾しない限り、公に認められた愛人は持てないということですわ。

 その意味では、ジェイリッド殿下の正式な婚約者であるわたくしに、フィアルカ様が殿下の側妃になりたいと申し出てくるのはもっともだと言えなくもありません。

 けれど、もっと肝心かつ根本的な問題があります。


「……フィアルカ様。今の発言は流石に不問にはできませんわよ」

「も、申し訳ありません! でも私はジェイ様が──」

「貴方のお気持ちはこの際、どうでもいいのです。問題は、ジェイリッド殿下が王太子となることが確定したかのような物言いを貴女がなさったことですわ」

「……え?」


 きょとん、と目を瞬かせる様は、腹が立つほど無邪気で可愛らしい。

 ああもう、本当にどこまでも無知なのね、この方は。


「よろしいですか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのです。現在のジェイリッド殿下はあくまでも第一王子、現王陛下のご長男というだけに過ぎず、間違ってもまだ王太子と呼ばれる立場ではいらっしゃいません。三人の王子のうちでどなたが立太子なさるかは、あくまでも国王陛下と評議会により決定されることであって、我々臣下が軽々しく口にすべきことではないのです。貴女の今の発言は、迂闊に誰かに聞かれてしまえば最悪、ジェイリッド殿下ともども反逆罪に問われる上に、ご実家のルンド子爵家も取り潰しの憂き目に遭うほどのものなのですよ」

「そ、そんな大げさな……!」

「あら、側妃を目指す以前に、貴族令嬢ならば、迂闊な言動が破滅を招くことなど骨身に染み込んでいるものではなくて? ルンド子爵家の教育方針は存じませんが、あまりに大らかに子供を育てすぎると、いずれお家の存続は危うくなりますわよ」

「っ、リアンナ様にそんなこと、言われる筋合いはありません!」


 怒らせてしまいました。

 別に嫌みでも何でもなく、見解を述べて忠告したまでなのですけれども、彼女への不快感が声にも出てしまったかしら。わたくしもまだまだ未熟ですわね。


 それにしても、公爵令嬢たるわたくしを、子爵令嬢にすぎないフィアルカ様が睨み付けているこの状況……ここは公爵邸内ですから、扇で頬を打つ程度のことは許されますが、無駄な暴力は好みませんので放置です。むしろ口を開かず睨み付けられるだけならば、実害は皆無なので気楽ですわ。それでなくとも最近はできるだけ体力を温存しなければいけない状況なので、可能な限り労力は使いたくありません。わたくし、この訪問の直前までは寝室で体を休めていたくらいですから。

 もっとも、言葉で叱責するくらいならさほどの労力は使いませんが、それはそれとして確認しなければならないことが出てきましたわ。


「いくつか伺ってもよろしいかしら、フィアルカ様」

「何でしょうか」


 あらまあ、そこまであからさまに不機嫌さを顔に出すなんて、レディとしては半人前もいいところですわね。せっかくの可愛らしさも台無しですわよ。

 先ほどはルンド子爵家の教育方針について口にしましたが、実はフィアルカ様のお二人の姉君は双子で、わたくしの一学年上の先輩だった方々です。お二方は確かにいつも朗らかで表情豊かでしたけれど、令嬢らしからぬ言動はなかったと記憶しています。それどころかお二人とも、卒業後は王宮に侍女として就職なさったのですから、とりわけ作法に関しては非の打ち所なく優秀だと保証されたようなもの。そんな姉妹の、腹違いでもなく同じ教育を受けたはずの妹がこんな風だとは、実に不思議なものですわ。


「貴女が側妃をご希望なのは理解しましたが、王太子妃になりたいとは思っていないのですか?」

「それは、正式な妻になれるという意味ではなりたいです。でも、家柄の不足は勿論、王太子妃様に要求される重要な公務をこなす手腕がないことくらい、きちんと自覚しています。私がうっかり王太子妃になどなったりしたら、国内外にたくさん迷惑をかけてしまうのが目に見えていますから。……私は、例え正式な立場でなくとも、ジェイ様のお側にいられればそれでいいんです」


 可憐な美貌に瞳を潤ませて紡がれる、切実な想いを宿す響き。

 ……わたくしは思わず溜め息をつきました。


「……『側にいられるのなら何でもする』という想いと、『側にいられさえすればそれでいい』という想いは、どちらがより強欲なのかしらね」

「え?」

「何でもありませんわ。もう一つ伺いますけれど、側妃の件はジェイリッド殿下もご承知のことですの?」

「当然です! そもそもジェイ様の方から側妃にならないかと提案してくださったんです。でなければリアンナ様に直談判しようなんて思いません」

「そう……具体的に殿下は何とおっしゃったのか教えていただける?」


 尋ねると、フィアルカ様はその場面を思い出しているのか、うっとりと頬を染めて、信じ難い言葉を口にした。


「どんな立場でもお側にいたいと言う私に、ジェイ様はこう言ってくださったんです。『私は王太子になりたいと思ったことはないし、なるつもりもなかった。だがただの王子のままでは、君を日陰の身にしてしまうことになる。美しく愛らしく健気な君をそんな立場に置くなど私が耐えられない。単なる愛人とは違い、側妃なら正式な妻ではなくとも公に認められる存在だ。だからフィアルカ、私は君のために王太子にな──』」


「もう結構ですわ」


 妄言と言うのも生ぬるい台詞の数々を遮ったのは、わたくしの口から出た絶対零度の声。

 全身の血が沸騰しそうな怒りにかられているわたくしに、何を勘違いしたものか、フィアルカ様は酷く申し訳なさそうにこちらを気遣ってくる。その様子はわたくしの神経を際限なく逆撫でした。


「も、申し訳ありません、ご不快になりましたよね? でもジェイ様が本当に言ってくださったことなんです」

「ええ、そうなのでしょうね。()()()()()()()

「……リアンナ様が信じたくないお気持ちはよく分かります。でもジェイ様は──」

「お黙りなさい。ジェイリッド殿下のことを全く知らず、知ろうともしない貴女に、殿下について語る資格などありません」

「なっ──馬鹿にしないでください! 私はジェイ様を愛しています! 全く知らない相手を愛するなんてできるわけがないでしょう!」

「あら、知らないからこそ愛しているのではないの? では教えてくださいな。貴女は一体、殿下の何をご存じなのかしら?」

「それは……っ!」


 悔しそうに唇を噛む様子からして、殿下の婚約者歴十年のわたくしに胸を張って主張できるほどのことはないようですわね。

 そもそも殿下ご自身は王太子になるつもりなどなく、陛下や評議会に王太子として指名される可能性自体も限りなくゼロに近いということは、貴族の間では暗黙の了解になっていたはずなのだけれど。

 物事を知る努力さえしないお花畑さんには、手始めに少し意地悪な質問をぶつけてみましょうか。


「フィアルカ様、仮定の話として考えてくださる? もしジェイリッド殿下が『王太子に一番近い第一王子』ではなかったとしたら、貴女は愛人になりたいなどと思いましたか?」

「……どう、いう意味ですか」

「ご自由に解釈してくださって結構ですわ。そう言えば、子爵令嬢が望むことができる最高の地位が側妃だというのは一般常識ですわよね」

「……で、では! リアンナ様はどうなんですか!? ジェイ様が『王太子に一番近い第一王子』ではなかったとしたら!」


 精一杯の反撃、といったところでしょうけれど、残念ながらかすりもしませんわ。


「そもそも殿下は王太子の座からは最も遠いお方ですのよ。わたくしは一人娘ですから、将来の伴侶にはお婿に来ていただかなければなりませんもの」

「……! そんな……それでは貴女と婚約した時点で、ジェイ様は王太子になる資格を失ったということじゃありませんか!」

「基本的にはそういうことですわね」


 弟王子お二人が能力的に不適格だったり、身体的・精神的に公務をこなせない状態にでもなれば、ジェイリッド殿下にお鉢が回ってくることも有り得ますが、およそ要らぬ心配です。第二王子ジャロッド殿下はいささか脳筋気味とは言え十分に聡明で、殺しても死なないレベルの武人かつ健康優良児ですし、第三王子ジョルダン殿下は天使のように清らかな顔の下に稀代の頭脳と魔力、加えて「人に罠を仕掛けてくるような相手には、是非ともその罠を実体験していただけるよう骨を折ってさしあげるべきですよね。勿論、物理的な意味でも」などと笑って言い放つ腹黒さを隠し持っていたりしますので。


 ……こう述べていきますと、ジェイリッド殿下がさも弟お二人に見劣りするようですが、当然そんなことはありませんのよ。学園の成績はあらゆる分野で常に三位以内をキープしていらっしゃいますし、生徒会長として学園内のトラブルを最速で解決するために自ら乗り出すような御方です。あまりにもご自分で動きすぎるせいで、各組織の委員長から「少しは我々も頼ってください!」といった苦情が寄せられるのが難点でしょうか。

 個人の戦闘能力はと言えば、身体能力は上の、魔力は下の弟王子より比較的劣るというだけで、むしろそれらを組み合わせて戦う分、ジャロッド殿下との手合わせでは八割程度の勝率を誇っております。幼い頃よりわたくしの父に鍛え上げられている上に、()()()()()()()()()()()()()()()()のため、いざ戦闘モードになると、弟君相手でも容赦なく鳩尾や延髄といった急所を狙ったり目潰しを仕掛けたりしがちなのが少々困り者なのですが。

 ジャロッド殿下も殿下で、怯むどころか嬉々として応戦するものですから、必然的に手合わせは長引き、終わった時には当のお二人よりも、斬擊の余波や流れ弾による周囲への被害の方が甚大になることが多々あります。そのためここ数年は手合わせのたびに、宮廷魔術師級の防御結界を作成可能な者(わたくしやジョルダン殿下も含まれます)が駆り出されておりますので、騎士団の屋外稽古場がクレーターと化すような事態は避けられるようになりましたわ。


 ……話が逸れましたわね。

 ちなみに三兄弟の仲は、全員が腹違いの割には悪くありません。一歳違いの上のお二人の交流が深く、三、四歳離れているジョルダン殿下とは若干の距離がありますが、ジョルダン殿下から積極的にお二人に甘え、もとい絡みにいらっしゃるのでさほど疎遠でもなく、むしろお二人が末弟の真の性格をきちんと理解した上で、苦笑しながらも受け入れる程度には仲が良いと言えるでしょう。

 正直を申しますと、ジェイリッド殿下がジョルダン殿下のような性格だったなら婚約を一度ならず再考していたと思いますので、ご兄弟の性格が似ていなくて幸いでしたわ。……こんなことを考えているとジョルダン殿下に知られれば、「リアンナ姉様、従姉弟なのに酷い~!」と拗ねられてしまうのですが。


 などと思いを馳せていましたら、フィアルカ様は相変わらず短絡的な結論に達したらしく、再びわたくしへの攻撃態勢に入りました。


「何て酷い……! いくらジェイ様がお好きだとしても、あんなにもお優しくて素晴らしいジェイ様の将来の可能性を閉ざすだなんて、我が儘にもほどがあります!」

「……どうやら貴女は徹底して、わたくしとアルヴェシオン家を敵に回したいようですわね」


 抑えた声で言い放ち、ぎし、と音が出るほどに畳んだ扇を握り締めると、今更に怖じ気づいたらしく可憐な顔が青ざめる。


「脊髄反射で結論に飛び付くのはおやめなさい。当時八歳のわたくしに、王子殿下との婚約を強引に進められる権力などあったはずもないでしょう。お父様になら不可能ではなかったでしょうが、たかが娘の恋情程度で王子殿下の行く末をねじ曲げるなどという不敬極まりない暴挙を、我が公爵家当主が実行したと疑われることさえ最大の侮辱です。お望みでしたら、わたくしがこの手で無礼打ちにして差し上げましてよ?」


 やはり先ほど、放置などせずに張り倒す程度のことはしておくべきでしたかしら。それともこの際、本気でルンド子爵家を叩き潰すのも一興ですわね。無論、お姉様方を始めとするご家族や使用人へは完璧なフォローをいたしますけれども。


 ……ああ、いけません。少々、頭に血が上りすぎておりますわ。落ち着かなくては。


 わたくしの本気の怒りが分からないはずもないでしょうに、フィアルカ様はまだ言い募ろうと口を開きます。その度胸だけは合格点を差し上げましょう。


「……し、失礼な疑いをかけたことは謝ります。でも、リアンナ様のご希望でないなら、どうしてジェイ様と婚約なさったんですか?」

「決まっているではありませんか。殿下とわたくしの婚約は、他ならぬ陛下直々のご要望です。無論のこと、心から殿下を愛する親心ゆえですわ」

「そんなはずありません! 愛する息子に跡を継がせたがらない親なんて、よっぽどの理由がない限り──」

「ですから、その『よっぽどの理由』が存在するのだと何故分からないのですか。感情的にまくしたてる前に、一息置いて冷静に考える癖をおつけなさい」


 友人でも家族でも家庭教師でもないのに、何故わたくしは彼女にこんなアドバイスをしているのでしょうか。お母様にお人好しが過ぎると叱られてしまうかもしれません。


 怒りを鎮めるのも兼ねて、再びこっそり溜め息をつきフィアルカ様を見ると、それなりの速度で頭を回転させているようですが、ふて腐れたような顔からすると、納得のいく結論はすぐには出て来ないのでしょう。

 ……まさかとは思いますけれど、ジェイリッド殿下の亡き母君の出自さえ知らないなどということはありませんわよね? いくら物知らずだとしてもそれくらいは……


 と、考えていた時のこと。


「──動くな」


 音もなく。

 わたくしとフィアルカ様の背後にそれぞれ降り立った、黒ずくめの人影。

 彼らが手にした小ぶりのナイフが首筋に突き付けられ、ひんやりと冷たい感触がした。


悪役令嬢視点終了。

次からはヒロインもとい子爵令嬢視点です。

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