#4 ここはHOLEというゲームからHOLEという世界になった
大変お待たせしました。
7/25 16:55
広場の中心には大きな噴水がある。
装飾は凝っていて、ロダンが作りそうな石彫で噴水が飾られている。
とはいえ、この人の混み方では装飾の上の方しか見えない。
大勢のプレイヤーの見る先は、噴水の真上にあるホログラムだ。
ホログラムにはこの大陸を真上から見た映像が映し出されていた。
大陸の中心に空いた大穴の底は真上からでも確認できない。
大穴、このゲームの名前の由来。
発売されて1カ月、ハイプレイヤーの多くがその大穴に攻略を挑んだが3層までしか到達できていない。
何層まであるかも公式からは発表されていない。
10層までだとか100層までだとかプレイヤーの好き好きにネットでは憶測が流されている。
となりを見ると雫もその映像を見て胸を高鳴らせているようだった。
私はメニューを開いて時間を確認すると丁度17:00になっていた
その瞬間、鐘の音が鳴りだす。
鐘の音は私たち学生に耳馴染みのある授業の始まりと終わりを告げる鐘の音だった。
ウェストミンスターの鐘と名付けられているこのメロディーは多くの日本人にノスタルジアを感じさせるだろう。
特に学校以外で聞いた時には。
しかしどうも、私にはその郷愁よりももっと醜悪な不気味さを感じた。
噴水の上にあるホログラムに壊れたテレビのような映像の乱れが走る。
次の瞬間、共闘の港の広場の映像に映った。
この場所である。
真上からとっているその映像には、噴水を中心にどれだけ人がいるかを再確認させられた。
全世界で300万本発売されていて、その中の60人に1人が今プレイしているとすると大体5万人くらい今ログインしているだろう。
その中で共闘の港を拠点にしているのは大体1万人くらいだろうか。
人間族,獣人族,エルフ族,魔人族の領があって、そのどこにも属さない共闘の港。
5万人を5分割して1万人という単純な計算だけど、大体こんなもんだろう。
実際この人込みを見ると1万人くらいいそうな感じがする。
そんなことを考えていると落ち着いた男性の声のナレーションが聞こえた。
・・・・・今からここはゲームではなく現実になる
この声を聴いて大歓声が上がる。
叫んでいる人間や、仲間内でざわざわしている人間。
発売して1カ月、やっと初めて大きなイベントが来たのだ無理もない。
「ねぇねぇ林檎、大掛かりなイベントだね」
「うん。この盛り上がり様やばいね」
雫も気分が高まってるし、この歓声にさっきの不安はかき消されてワクワクしている。
レベリングや装備を揃えることの方が優先かと思っていたけど、これならイベントやるのも悪くない。
・・・・・盛り上がってくれて私も嬉しいよ
・・・・・この世界が現実になることを皆も待ち望んでいたようだね
・・・・・この世界を創り上げたかいがある
・・・・・開始のコールとともにすぐにここが現実になるよ
そう言葉が続けられていくたびに、なんだか不安になっていく。
それは私だけでなく、この広場にいる人間全員のようだった。
・・・・何の説明もしていないけど開始のコールだけしておこうか・・・
・・・・・さぁ、始めよう・・・・・・
そう告げられたとたん私たちの視界は真っ白になった。
その時間は1秒もなく、すぐにいつも通りのゲームの視界に戻った、のだろうか。
微妙にいつもとは違う気がする。
いつもよりも、なにかリアルなのだ。
このHOLEというゲームはどのゲームよりもリアルだったが、1秒前よりも現実に忠実な気がする。
何が変わったとは具体的には言えないが1秒前より現実に忠実にこの世界は変化した。
そして、この広場全体はざわざわしている。
さっきの盛り上がりとは違う、皆がこの現象に奇妙に思うざわつき。
・・・・・もう違いはお気づきか諸君?・・・
・・・そろそろ説明といこう。・・・・・
男の声に反応する盛り上がりはなく、広場全体が黙り伏せる。
雫は、不安そうな顔で私たちの頭上を映し続けるホログラムを見ていた。
しかたがない、どこに男の姿があるわけでもなく、ただ声が聞こえるだけだ。
何かを常に確認していたくなるだろう。
現に私も、広場の様子や雫の様子をひっきりなしに確認している。
何か変化がないかと。
その変化は私たちに危害をもたらすものではないかと。
・・・・いまから4チームに別れてもらう・・・
・・・・チーム分けは 人間族領 獣人族領 魔人エルフ合同領そして、いまホログラムに映っている君たち共闘の港・・・・・
・・・・本当は5チームのつもりだったんだけど、魔人族エルフ族が少なくて合わせたらちょうどよかったんだよ・・
この状況になんの説明もなく始まったイベントの説明。
ここにいる1万人は黙ったまま。
・・・・人数は人間族領が13000人 獣人族領が15000 合同領は13000君たち共闘の港は10000だよ・・
やっぱり、1万人だったか。
獣人族領と1.5倍差。
どんなゲームをさせられるかわからないがキツい。
数は暴力になりうる。
もし、いまから総当たりさせられるのなら獣人族領相手に単純に2対3の対人戦の構図だってとれる。
そうとう不利だ。
私は周りを見渡す。
この状況でこんなことを考えている人間はそんなにいないと思っていたが、表情を見るにちょこちょこいるようだ。
そして、よこにいる雫も私と同じことを考えている。
土壇場でも肝が据わっている。いつだって彼女はそうだ。
小学校生だったあのときも。
昔のことを思い出していると、また男の声だ。
・・・・さて、4チームに別れたけど、今、アイテム欄に【常夜の鍵】って入ってる人いるかな?・・・
・・・・入ってる人いても今は声を上げない方がいいよ。・・・・
嫌な予感がする。
私はおそるおそるアイテム欄を見る。
あった。
マジか。絶対にやばい気がする。
私は雫にこのことを伝えようと、フレンドのチャット機能を開いた。
口頭で伝えると周りの人に聞かれる可能性があるからだ。
ゲームウィンドウならパーティーメンバー以外見れない。
チャットを打ち込もうとすると、雫からチャットが届いた。
私は、雫の方を見ると、視線で早くチャットを見ろと促してくる。
その指示にしたがった。
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drop:私のアイテム欄にあった。常夜の鍵
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雫のアイテム欄にあるということは1つだけじゃないのか。
私も雫に返信する。
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林檎:実は私の方にもあった。
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drop:え?1つじゃないの
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林檎:そういうことなんだろうな。
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私たちの疑問には男の声が回答してくれた。
・・・【常夜の鍵】はこの世界に12本ある・・・
・・・・各組に3本づつ・・・・・・
・・・【常夜の鍵】は心理への鍵。心理は深淵に眠る・・・・
・・・君たちはこの世界に何を望む?解放?安寧?それとも別の何か?・・・
・・・鍵の所持者をキルすれば鍵は手に入るよ・・・・
・・・それと、最後に重要なこと。この世界での死は終わりじゃない、「次の死への恐怖」だよ・・・
・・・・じゃぁ、またいつか会おう・・・・・
脈絡のない説明。
何がおきた。
今から何が起きる
わかったことは【常夜の鍵】が12本存在すること。
51000人が4チームに別けられたこと。
私たちの手元に【常夜の鍵】が2本存在すること。
それだけだ。
あとは漠然とこの世界がゲームではなくなったということがわかるだけ。
その時、誰かが叫んだ。
「無くなってる。ログアウトボタンが!!!!」
あぁ、確信に変わった。
ここはHOLEというゲームからHOLEという世界になった。
数時間前に自宅のベットの上に寝転がっていた。
その時、読んでいたトルストイの『アンナ・カレーニナ』の或る文章を思い出した。
『幸せな者はいずれも似通っている。だが、不幸な者にはそれぞれの不幸な形がある』
こんな形で不運に巻き込まれるとは思いもしなかった。
やっと次回からHOLE本番って感じの書けそうです。
今はやりのタイトルにと思ってこの作品のタイトル付けたんですけど
いまだに覚えられないです。