#3 初めての強敵
私と雫とで15匹くらいの兎を狩ったころにはレベルが3に上がった。
ドロップは大抵【兎の皮】だったけど、その他に【兎の肉】と【マッドウォールの書】というのが手に入った。
内訳は【兎の皮×9】【兎の肉×5】【マッドウォールの書×1】といった感じ。
肉の方は食材アイテムだ。
<○○の書>系は魔法の秘伝書だ。これを使うことによって魔法を覚えることができる。
ドロップはもちろんフィールドの宝箱に隠されていたりもする。
雫に【マッドウォールの書】が出たか聞くと出てないようなので、レアドロップなのだろう。
15体倒して出たのはラッキーだ。
所謂「リアルラックが高い」というやつ。
後々、何か帳尻合わせがきそうだが今は素直に喜ぼう。
私はアイテムウィンドウを開いて【マッドウォールの書】を取り出す。
本を開くと、「習得しますか?」の文字が出たので「OK」を押す。
すると本は緑色の炎に包まれて消えていった。
手の中で燃える緑の炎は幻想的だった。
リアルにはないワクワク感だ。
「綺麗」
雫も目を輝かせながらそう言った。
魔法一覧から【マッドウォール】の呪文を確認した。
《我 土を傀儡するもの也 我を守る楯となれ マッドウォール》
最初の方で手に入る魔法だし、これも呪文が短い。
呪文が長い方が、私の特性を活かすことができるので早く、中級、上級の魔法を習得したい。
そういえば、さっきから兎としかエンカウントしていない。
レベルも低く装備もそろってない今、ありがたい。
とはいえ、突進してくるだけの兎も飽きてきたので、別のモンスターを探す。
「ねぇ雫、あっちのぽつんとある沼の方にいってみない?」
私は雫に提案した。
「いいね、兎以外いるかも」
雫も兎に飽きていたようで、すぐ承諾してくれた。
大きさはなんとなくだが直径5メートルくらいだろう。周りには草木が生えてないがそのかわり、沼の大きさに引けを取らない高くて大きい岩がある。調べたら、めぼしいアイテムとかありそうだ。
「沼っていうより、大きな泥の水たまりだな」
「あー、なんかわかる」
大きな泥の水たまりも沼も大差ないだろうが、私のいいたいことをなんとなく雫は理解してくれた。
雫のこういう所が好きなのだ。
恥ずかしいので本人には言わないが。
沼に近づくと90cmくらいのヌルヌルのモジャモジャが出てきた。
こいつはちょっとまずい。
私がゲーム前に集めた情報だと【モッズ】というモンスターだ。
目に力を入れる。
案の定【モッズ】という名前が出る。
だが、兎は白色で名前が書かれていたのに対し、このモジャモジャは黄色だ。
このゲームのモンスターは名前の色でランク分けされる。
白→E
黄→D
橙→C
紫→B
赤→A
といた感じだ。
Dランクは強い。レベル21-40くらいのプレーヤーじゃないと戦うのは厳しいだろう。
だが、この【モッズ】レベル2だし可能性はあるか気がする。
一応こっち、2人だし。
こういう時ステータス閲覧のスキルがあると便利だが、このゲームそんなスキルないしな。
無数にスキルがあるのに定番のスキルがないのも不思議な話だ。
プレイヤーの間だと「まだ発見されてない」というのが通説だ。
いまそんなこと考えても、ないものねだりにしかならない。
見た目からして足も遅いだろうし多分、逃げれるだろう。
「こいつ倒そう」
雫の提案。
「のった」
私の返事。
それに合わせて雫は走る。
私は呪文の詠唱を始める。
《小さき炎は汝の身を焦がす術となる ファイア》
私の剣先から出た火球は雫を追い抜かし、モッズにあたる。
着弾からワンテンポ遅れて雫が剣を振るう。
兎の一体目より太刀筋がいい。
運動神経が良いだけあって剣の感覚をつかむのが早い。
モッズのHPをわずかに減らす。
モジャモジャの中から出る一本の触手が鞭のようにしなりながら雫に飛んでいく。
多分防御魔法である【マッドウォール】を使いたいが、これは間に合わない。
雫は触手を避けようとしたが右肩にかすめる。
「痛ったぁああ………くない?」
雫は反射的に痛いと言ってしまうが、実際はジンジンと不思議な感じがするだけで痛くはない。
雫のHPを確認すると7割削れていた。
そして気付いたのだが、相手の攻撃始まってからじゃ防御魔法絶対に間に合わない。
これは呪文を詠唱しないと魔法が発動しないHOLEというゲームの特徴だろう。
あと雫を回復したいがこの【キュア】という魔法、遠距離からでも発動するのか?
こんなことなら、先に試し打ちしておくべきだった。
一か八かで使ってみるか、消費MPは5。今のMPは23だ。
《御霊を癒す小さな光を今ここに解放たん キュア》
私の手が光る。
光が消えた。
ああああ、これは直接触れないと駄目なパターンだったか。
またモッズの鞭は雫に飛んでいく。
雫はしゃがみ間一髪で避けた。
だが、モッズは次の攻撃に入ろうとしている。
今だ。
《我 土を傀儡するもの也 我を守る楯となれ マッドウォール》
泥の壁が地面からせりあがる。
私の少し手前に。
この泥の壁、雫を守ってくれない。
多分、出る位置がきまってるのだろう。
再び試し打ちは重要だと反省する。
私が反省してる中、雫は2撃目もかわす。
すごいな。この短時間でよくここまで体の動かし方がわかるものだ。
歩いたりする分には現実と変わらないのだが、走ったりジャンプしたりすると現実より高く跳んだり早かったりするので感覚が難しいのだ。普通は。
私は2メートルくらいまで伸びた泥の壁を見て悲しくなった。
次はMP4も無駄にしたか。
いや、攻撃魔法や回復魔法と違って持続性があるな。
この壁、攻撃当たるまで消えないのか。
「雫!こっちまで走って!回復する」
「了解!」
雫は走って壁に隠れる。
今のうちに回復しよう。
《御霊を癒す小さな光を今ここに解放たん キュア》
雫のHPが全回復する。
魔人族の「魔法力/INT」が高いことと低レベルがためにHPが低いからだろう。
実際雫は今、最大HP16だし。
そう考えると、このモッズっていうモンスター弱いのか。
Dランクのくせに。
とはいえ、HPを全く削れてないのも事実。
モッズはHPと防御力にステータスを振ったモンスターなのだろう。
私の考察を止めるようにモッズは泥の壁に攻撃を仕掛ける。
泥の壁は、攻撃を一撃くらうが壊れない。
どういうシステムだ。
数回攻撃を受けると壊れるのか、もしくは壁にもライフポイントがあって、それが0になったら壊れるのか。
どちらにせよ、あと1、2回はもつだろう。
私のMPものこり少ないし、雫の剣をあと何回あてれば勝てるかもわからない。
これは、私も剣で戦った方がいいか。
「なにかダメージ与える方法ないかな?」
雫がそう聞く。
「うーん。落下ダメージとかこのゲームあるけど、ここ荒野だしなぁ」
「だよねぇ」
この手のモンスターに対しての定番は毒ダメージだろう。
もしくは防御力を下げる魔法。
毒は一定時間、割合ダメージ与えることができるし、防御力を下げれば剣で入れることができるダメージも増える。
両方とも手段がないのだが。
私のMPはあと9。【マッドウォール】2回分しかない。
今ある壁も拙いし、とりあえずあの大きな岩の裏に隠れるか。
「雫。次の攻撃でこの壁が壊れたらあの岩まで走ろう。」
「わかった」
雫が返事をして一拍、壁が壊れる。
私は思いっきり地面を蹴って前進するが、思いのほか早くて転びそうになる。
そういえば魔人族は素早さも早いのか。ってことは多分今、雫よりも素早さ値高いな。
私は雫の全速力に合わせる。一直線に走るだけならなんとなく感覚がつかめそうだ。
「ねぇ林檎。あの岩の上ならぎりぎりモッズの攻撃届かないんじゃない?」
確かに、ぎりぎり届かなそうだ。
でも、どうやってあの上に乗る?4mくらいあるぞ。
泥の壁が2メートルだから、泥の壁によじ登れたらぎりぎり頂上までいけるか。
「あの岩の前に壁だすから、全力で走って登って!」
「OK!!」
モッズは向かってくる私たちに触手の薙ぎ払いを仕掛ける。
私たちは、それをなんとか、スライディングでかわす。
そのまま流れで起き上がって、雫はスピードを出して走り出す。
私はモッズの方を向いて短い詠唱文を唱える。
《我 土を傀儡するもの也 我を守る楯となれ マッドウォール》
泥壁がモッズの進行を邪魔する
そして私は雫に追い付けるように呪文を唱えながら走り出す。
《我 土を傀儡するもの也 我を守る楯となれ マッドウォール》
呪文を唱え終わった時には、雫に追い付いており岩も間近。
ついた勢いで、ジャンプし壁に手をかけて上る。
ここまでは2人ともなんとかできたが、モッズが追い付いてくる前にあと2メートル分壁をよじ登らねばならない。さっきと違って、勢いがないので岩のとがった部分に手をかけて上る。
なれないことをしてるので遅い。
先に上についた雫が私の手を引っ張ってくれる。
視界左下に【クライミングLv1】取得と出る。
思わぬ産物である。
そして私はあることに気が付いたので雫に尋ねる。
「これ、どうやって敵を倒す?」
私のMPはもう1だ。
割と絶望的である。
「うーーん。どうしよっか。」
私と雫が困り果てていると、モッズが触手攻撃をしてきた。
あと少しというところで届かない。
とりあえず、ダメージを受ける心配はなさそうだ。
そう思ってると
「あ、そうだ!」
と雫が言った。
何を思いついたのだろうか。
すると雫はモッズが攻撃してきたタイミングに合わせて触手に剣を振りかざす。
なるほど。時間はかかるが安全に確実に倒せる。
2人で岩のふちに並ぶのも危ないので雫に任せてしまおう。
「そしたら雫、そのモジャモジャお願いしてよい?」
「任された!」
私は戦いを放任して岩の中心の方に行く。
せっかく何かありげな岩に上ったし何かあるだろう。
下は調べつくされてるだろうが上は上るやついないだろう。
こんな状況でもない限り。
中心には窪みがありそこに宝箱があった。
雫はモジャモジャ相手に忙しいしさきに開けさせてもらおう。
開けると目の前にウィンドウが表示された
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【ポイズンスワンプの書】 ×1
【毒属性付与の奥義書】 ×1
【クリトの実】 ×3
【二丁拳銃ピーナッツ】 ×1
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このラインナップ結構おいしいのではないだろうか?
1つ1つ見ていこう
【ポイズンスワンプの書】これは魔法習得の書だ。
直訳すると毒沼だし、なんとなく内容はわかるので次にいこう。
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【毒属性付与の奥義書】
・使用することでスキル 毒攻撃付与を習得できる。
・使用時から120秒間自分の攻撃に毒属性が付与される。
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○○の奥義書系はスキル習得用のものだ。
これはあきらかに強スキルだろう。
私は【ポイズンスワンプ】もらうからこれは雫のだな。
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【クリトの実】
・食べることでMP20回復する
・トマトみたいな見た目をしているが味は栗である。
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なんとまぁ、今の状況におあつらえ向きのアイテム。
有難く1つ使わせてもらおう。
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【二丁拳銃ピーナッツ】
・武器 二丁拳銃
・STR+57
MP+20
・ピーナッツバターカラーのグリップにピーナッツのマークがついた二丁の拳銃
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え、強い。
明らかに強い。
この剣の10倍の攻撃力あるし、さらにMP+20って強すぎる。
この剣が雑魚というのもあるが。
Dランクの敵が守護してた上にみつかりにくい場所にあった武器だし納得ではある。
雫とじゃんけんしたいところだがこれは雫いきだ。
銃火器は人間族にしか装備できない武器だ。
これが人間族が獣人族に引けを取らずに人気な理由。
いったんアイテムを全部回収して雫の方に行ってみるがモッズのHPは2割程度しか削れていない。
ポイズンスワンプで援護するか。
【ポイズンスワンプの書】を開き使用した。やっぱり緑色の炎は綺麗だ。
「雫、魔法使うから念のため離れてて」
「お、新魔法だね」
多分、毒の球か何かが出て着弾したところが毒沼になるのだろうが、
自分の周りが毒沼になるとかだったら目も当てられない。
そうなったら自分も毒状態になってお陀仏なので、そうならないことを願うしかない。
私は呪文を確認して唱えた。
《水の穢れとなり 大地の厄となり あらゆる者を蝕め それこそが我が望む毒の概念である 躊躇うこと無き非情をここに披露せよ ポイズンスワンプ》
モッズの足元に落ちた紫色の液体の玉は地面に広がっていき毒沼になった。
モッズは毒状態になってダメージを受けている。
毒ダメージは防御力関係ないのであと5分もしたらモッズは力尽きるだろう。
その間にゲットしたものを雫に渡す。
【毒属性付与の奥義書】×1
【クリトの実】 ×1
【二丁拳銃ピーナッツ】×1
「ピーナッツってずいぶんかわいい名前の銃ね」
「名前に似合わず強いよその武器」
「うわっ、ほんとだ。」
「弾無いと使えないから一回、港に帰らないとだけど」
「生産職向きでもある種族だし、弾も作れるようになりたいな、そのうち」
「私のMP回復ポーションも量産できるようになって」
「ははは、頑張るとするよ」
「雫は今後、銃でやってくの?種族、人間だし」
「かなー。派生で機械人形なんて武器もあるし、ちょっと気になるけど」
「人形好きの雫っぽくていいかもね」
人形を武器にしてあやつる魔法系の戦闘スタイルがあるが、銃火器を仕込んだ機械人形は人間族だけの武器だ。
扱いも難しくて使ってる人なんてめったにいないが、うまく使えば手数が増えるので使いこなしている人は強い。
器用な雫なら使いこなせるだろう。
この感じだとサブウェポンが二丁拳銃でメインが機械人形、もしくはその逆になるだろう。
武器を2種まで装備できるこのゲームはプレイヤーによってかなり戦闘スタイルがわかれる。
私もいろいろ考えないといけない。
「林檎はとりあえず魔法攻撃のステータスが上がる武器から選ばないとだよね」
「定番だと魔導書か杖。変わり種もいっぱいあるけどねこのゲーム」
そんな話をしていたら、視界の左下に
<経験値268獲得>
<レベルがLv3→Lv9に上がりました>
<スキル【火魔法-Lv1-】を習得しました>
<スキル【回復魔法-Lv1-】を習得しました>
<スキル【土魔法-Lv1-】を習得しました>
<スキル【毒魔法-Lv1-】を習得しました>
<スキル【剣士-Lv1-】を習得しました>
<スキル【魔術師Lv-1-】が【魔術師-Lv2-】になりました>
<魔法【クイック】を習得しました>
<320ゴールド獲得>
<【モッズの体液】×2入手>
<【クリトの実】×1入手>
と出る。
レベルが一気に9まで上がった。
卑怯な方法だが、想定レベル15近く上のモンスターを倒したのだし、当然だろう。
「○○魔法-Lv1-」等のスキルは多分だが確率で取得だろう。
1回の戦闘で使った魔法の属性がランダムで上がる。
格上相手の戦闘だと上がる確率が高くなるみたいな補正もあると思う。
じゃないと15回も兎との戦闘で【アイシクルランス】使ったのに氷魔法のスキルを会得してないのに説明がつかない(単に運が悪いだけというのもあるだろうが)
【クイック】はレベル6で覚える魔法だ。
パーティーメンバー全員のスピードを少しだけだが上げる魔法なので帰りにでも使おう。
多分雫も私と似たような感じでステータスが上がっているだろう。
「レベルアップでHPもMPも回復したしそろそろ帰ろっか。」
私は雫の提案にうなずいた。
《風に届け我が祈り この地を走り抜く力となれ クイック》
大岩から飛び降りて港の方へ走る。
飛び降りるときにダメージを受けると同時に
【落下耐性-Lv1-】
を手に入れた。
共闘の港の本拠地である港に戻ってくると、さっきよりも人が増えていた。
2時間くらいフィールドをほっつきまわってたので今はリアルだと16:30くらいだろうか、
確かに人が増えてくる時間だ。
広場の方に向かうにつれてますます人が増えていき、広場に至っては満員電車一歩手前くらいの混み方だ。
メニューを開いて時間を確認すると思ったよりも時は進んでいて17:00になっていた。
その時、学校でよく耳にしているあのチャイムの音が鳴った。
私はその音が、いつも学校で聞くよりも何倍も悪意のこもった、醜悪な懐かしさを感じさせるような音に聞こえた。
10分後私はこのゲームを始める前に読んでいた、著 トルストイ『アンナ・カレーニナ』の或る文章を思い出す。
次は進展します。
そうなるように頑張ります。