あれ、ちょっと早まったかな sideノア
その少女と出逢ったのは、おそらく必然だったのだろう。
久々に見た黒髪と黒い瞳の人間は、まさしくアジア人の顔をしていた。
僕がノア・アルロとして生を受け十七年。よくある地味な茶髪と緑がかった青い瞳。身長はこの世界の平均よりは少し低くて、中々筋肉がつきにくいのが悩みの、どこにでもいる平凡な男。
それは、とある商会の下働きとして働き始めて二年がたった頃だった。
「ノア、こちらの方を見たことがあるだろう? ほら、あの姿絵の方だ。しばらくこの街に滞在なさる。年はお前が一番近いから、お前に相手を頼みたい。これは出世のチャンスだよ。頑張りなさい」
人好きのする笑みを浮かべ、本当に嬉しそうに彼女を見る上司の言葉は右から左に流れて行った。姿絵は確かによく見ていたけれど、ちょっと良く描きすぎじゃないか? 本物はもっと知的な目をしているみたいだ。
「どうしてメイドをかばったの?」
気付けばそんな言葉を投げかけた僕に、彼女以外がギョッとして目を見開く。
「ぼんぼん貴族に髪を切られたんだろう? どうしてそんな危険なことをしたの? 君が傷ついたせいで、メイドの子も責任を取って髪を切ったんでしょう? 君は、人の上に立つならもっときちんと考えないとだめだよ」
つらつらと偉そうなことを言った僕に、上司があわてて手を伸ばす。あと数センチのところで彼女が左の掌を見せて止めさせた。
「うん、反省しています」
綺麗な声で、悪いと思っているわ。ごめんなさい。と謝った。
「次は、あんなことにはさせないわ」
商会の人たちは十歳だと言ったが、おそらく実際はもっと上だ。日本人らしい幼い顔立ちと、素直な言葉に思わず笑みがこぼれる。
「ようこそ、僕はノア・アルロ。君は?」
「リーナよ、よろしく。お世話になるわ。こちらはネッド、わたしの護衛なの」
「そう、よろしく、ネッド」
ネッドと呼ばれた男は一瞬真顔になったが、次の瞬間には僕に胡散臭い笑顔を見せた。
「どーも」
「店舗を案内するよ。それから、今日から使ってもらう宿に案内するね。滞在が長くなるようだったら家を借りるから」
小さな少女に手を伸ばせば、彼女は迷わずその手を取った。
「この街の名物はもう食べた?」
「昨日少し頂いたわ。とても美味しい海鮮でした」
「ここは森も近いから、意外と肉も美味しいんだよ。野兎とカボチャのクリームスープがおすすめなんだけどどうかな。とっておきのお店があるから案内してあげるよ」
上司が後ろで顔を真っ青にしているが、僕は気にせず足を踏み出した。彼女も淡々とついてくる。
「ところでリーナはいくつ?」
「十歳の誕生日を祝ってもらったわ」
耳元で、そっと囁く。
「本当は? 僕、この世界で日本人に会ったのは君がはじめてなんだ。嬉しいな」
彼女はそこで初めて目を見開いて、それから不敵に笑った。
「わたしは二人目よ。仲良くしましょ」
にやりと笑ったその顔はなんだか悪くて、僕はちょっと早まったかなって反省した。
その後二人を色々案内して、夜は一緒にディナーを食べて、ネッドの無言の牽制をことごとく無視して僕たちの関係は少しずつ始まった。
「ノア、この統計資料をまとめたものを作ってちょうだい」
「人使いが荒いよ、オヒメサマ。僕には僕の仕事があるんだ。それは明日までにやっておくから、先にこっちでも読んでてよ」
「まったく、しょうがないわね」
彼女はネッドの目がない時に色々教えてくれた。森で勇者に拾われて速攻捨てられたのは可哀想だったけど、今の彼女があるのはそのおかげだねと言うと、その通りねと頷いたからそんなに気にしていないのだろう。
その後親切な人に拾われて家族になって、最近までは王都にいただけど面倒な事態が起きたから逃げかえったと堂々と言われ、やっぱりこの子はいろんな意味ですごい人なんだなと納得した。
「ねえノア。あなた、転移者じゃなくて転生なのよね」
「そーだよー」
「ほかにもいるかしら?」
「どっかにはいるんじゃない」
適当に返事をすれば、彼女は小さく頷いた。
「そうよね」
「会いたいの?」
「だって、あなたももう一人も良い性格してるもの。興味があるわ」
「イイセイカクしてるのは君が筆頭だと思うよ」
でもそうだね、いつか他の人にも出逢うのかもしれない。それはそれでワクワクする。今の僕は以前の僕じゃない。今の僕はノア・アルロだ。それでも。
「今日は乾杯する?」
「何に? 紅茶で?」
「いつか出逢えるかもしれない素敵な人たちに!」
「あら、いいわね」
そうして僕たちはティーカップで乾杯したのだ。
いつか、出逢えるかもしれない人たちに。




