お使い
その手紙はネッドと一緒に読みなさい。
奥さまに言われた私は、とりあえず屋敷のどこかにいるだろうネッドの下へ向かった。まあワンコよろしく呼べばすぐに表れそうだけど。
「ネッド、いますか?」
「ここに」
適当な廊下の天井を見上げ声をかけると、次の瞬間には目の前に彼の姿。
この人、本当は忍者なんじゃないかと真剣に考える。
「奥さまから、この手紙をネッドと一緒に読みなさいって」
「・・・今日は天気がいいので、庭で茶を楽しみながら読みましょう。内容がどれだけふざけ切ったものだったとしても、きっと心穏やかに対応できるでしょう」
前提がおかしいが、まあいいかと頷く。
穏やかな風がふく庭園は、色とりどりの花々が出迎えてくれた。時折庭師が挨拶してくれるのを、手を振って返す。しばらくするとメイドが二人分のお茶とお菓子を運んでくれた。
ネッドは慣れた手つきでショールをわたしの肩にかけてくれた。
「お茶がおいしい」
「よかったですね、お嬢さん」
「こうしてネッドとゆっくりするのも久々ね」
「ええ」
「そうだ、奥さまにお使いを頼まれたの。ネッドも連れて行きなさいって」
「承知していますよ。少し先の街に向かうんですよね」
奥さまから頼まれたのは、かの森を少しだけ挟んだ別の街。そこにも商会があって、そこで新しい事業を始めたいから手伝ってきてほしいとのことだった。
ちなみに、食べ物がおいしいらしい。
「前々から思っていましたが、お嬢さんはもう少し慎重になってください。食い物につられて即答なんてしていないでしょうね?」
うっ、と一瞬詰まったが、わたしは淑女らしく澄ました顔で頷いた。
「もちろんよ。奥さまのお願いだから行くだけよ」
ネッドがふん、馬鹿にしたように笑ったが無視した。
「それで、手紙の内容は? もう読んだんですか?」
「これからよ。一緒に読みなさいって」
では拝見いたしましょうか。とネッドが落ち着いた声で言うので、私も緊張することなく手紙を開いた。
次の瞬間、閉じた。
「燃やしますか?」
「だ、だめよ。腐っても王子からの手紙よ」
「言いながらマッチをこするあんたはどうなんですか」
はっ! いつの間にマッチが手の中に!?
「俺がもう一度読みましょう。貸してください」
ううう、ネッドはどうしてこんなにも頼りになるのかしら。きっと奥さまはこうなることを見越して彼と一緒にって言ったのね。
手紙を要約すると、
『やあ、元気かい? 君が居なくなった王都は火が消えたように(以下略)・・・・・さて、アレクセイのことなんだけど、元勇者二人と一緒に君の下へ向かったよ。なんでも喧嘩しちゃったんだって? 大丈夫さ、きっと分かり合えるよ! ということで、しばらくしたら到着するだろうからよろしくね☆』
意味が分からな過ぎて相手を間違えているんじゃなかろうかと混乱するが、宛先は何度確認してもわたしだし、ネッドも頭痛をこらえるように眉をひそめているので、やっぱり間違いじゃないんだろう。
「奥様は恐らく、この対策として街から避難させるおつもりでしょう。行動は早いほうがいいかと」
「そうね。父さんとシシリーに話してみるわ。行けそうなら明日にでも出発しましょう。ネッド、疲れているのにごめんなさい」
「俺は別に疲れていませんよ。十分休んだし。それより彼らの行動理由が知りたいですね。神殿の野郎は十中八九あなたを奪いに来るんだろうし、アレクセイはその邪魔をしたいのだろうし、でも残りの一人が理解できない。どういうつもりなのか・・・・」
ネッドの難しい顔は、初めて見る顔だ。いつも飄々としている彼とは思えないほどで、それが余計に不安をさそったのだった。
何はともあれ、逃げよう。そうしよう。
わたしは奥さまが用意してくれた逃げ道を全力で使うべく、いつもより早めに帰宅したのだった。




