戻った日常
街に戻ったわたしは、ギルドに行って様々な手続きをし、またお屋敷での行儀見習いをしつつ平和な日常を謳歌していた。
黒い髪や瞳を未だに嫌がる人は少なくない。それでもやはり家族が傍にいてくれる日常は心を平穏に保てる。
何より王族だの神殿だのに関わらなくていいということがこれほどまで気持ちを楽にするなんて!
「それで、リーナちゃん」
「はい、奥さま」
「アレクとはどうなりましたの?」
「現状を維持しております。ただ、彼はどうやらかなりの将来有望株のようですので、そのうちに素敵な方と巡り合うのではないかと」
何故か奥様があら、おほほほほ、と読めない笑みを浮かべているのが気になるが。まあいいか。
「あなたは、満足のいく旅だったのかしら?」
「はい。とても楽しい旅でした。やはり現地でしか食べられないものや、飲めないものも多く、文章で読むのと体験するのとでは違いますね。商会の方も雰囲気が微妙に違って刺激になりました」
奥様はまた、おほほほほほ、と笑う。どうしんだんだろう?
「賭けの結果が見えたわね」
「え?」
「いいえ、なんでもありませんわ。さあ、お茶の続きにしましょうね。そうだわ、リーナちゃんは王都で何が一番気に入ったのかしら」
「一番は・・そうですね。人のお金で買い食いすることでしょうか。性別を偽って憲兵で手伝いをしたのですが、そこで毎日違うものを買い食いするのが楽しくて。でも先輩が怖いんです。それも含めて楽しかったです」
「まあ! 見かけによらずお茶目ね」
褒められているのだろうか・・・?
「そのお話、もっと聞きたいわ」
「もちろんです、奥さま」
私は旅の思い出を奥さまにたくさん話した。彼女はうん、うん、と優しく頷いてくれて、最後まで怒ることなく楽しげに聞いてくれた。
なんて優しくて懐深い女性なのだろうか。いつか私もこうなれればいいな。
「それにしても神殿お方、少々困った方ね。逃げて正解だわ」
「そうですよね! もう無理やり養子にされるところでしたから、本当に驚きました!」
「うちの子になる前に神殿に取られるなんて絶対に許せませんわ。安心なさって。万が一にもそのようなことにならないように手配いたしますわ」
・・・ん?
「えっと、はい、ありがとうございます・・・?」
よくわからんが、一瞬だけ奥の目が光ったような。いやきっと気のせいだよね!
家に帰ると当たり前のようにシシリーが食事を作ってくれていた。
住み込みをやめたシシリーは、仕事のシフトを減らし、なるべく家にいるようになった。ただ、昼間のランチタイムは相変わらず頑張っているらしく、きちんと稼いでくるあたり立派な女性だ。わたしも見習わないと!
そして更に数日、大層立派な純白の封筒が奥さま経由で届けられた。
「お相手がお相手なだけに、無礼を承知で中を拝見しました」
封筒には王家の押し印。立派な鷹のマークはかの王子のものらしい。
「はい」
別にみられて困るものではないが、やっぱり検閲って感じで苦手だな。なるべく顔には出さないように封筒をしげしげ見つめるわたしに、奥さまがふうと色っぽい吐息を吐き出した。
「リーナちゃん、困ったことになりましたの」
「はい」
それでも中を確認しないわたしに、奥さまはすっと白魚のような手でそれを取り上げ、中身を差し出した。どうしても読ませたいらしい。いや、当たり前か。
「アレクがこちらに向かっているようなのだけど、同行者がいるのよ」
「護衛ではなく同行者ですか」
「ねえ、リーナちゃん」
「はい」
仕方なく手を伸ばしたわたしに、奥さまはふいっとそれを高く持ち上げた。まるで取らせまいとするように。
「お使いを頼まれてくださる?」
「あ、はい・・・承知いたしました、奥さま」
きちんと返事をしたわたしに、満足そうに笑った彼女は、今度こそ手紙を返してくれた。




