(閑話)リーナがいない間のラティーフ2
トトリの女将に「うちのシシリーの何が気に入らないんだい! 据え膳も食えない男が格好つけてんじゃないよ!」と包丁を持って追いかけられた日の夜。
俺は昨夜のことを思い出していた。
酷い雨の夜だった。風と雨がバンバン雨戸に叩きつけられて煩かった。
先に眠るようにベッドを貸したはずなのに、シシリーは何故かソファで眠っていた。
冷静に考えると、こんなオッサンのベッドなんて使いたくないだろう。シシリーは良い女だ。見た目も、中身も。
風呂上がりのしっとりとした肌に、無防備な衣服。替えの服は俺が貸してやったから、シシリーには大きいのだろう。目のやり場に困る胸元の谷間に、俺はどうしたものかと頭を抱えた。
「シシリー?」
とりあえず起きてはくれないだろうかと声をかけるが、ん、と鼻にかかる声だけで返事を済ませると本格的に眠っているようだった。
困ったものだ。俺じゃなきゃ喰われても文句は言えねえぞ。
とりあえずシシリーをベッドに運ぶが、男とも、子どものリーナとも違う大人の女の感触に下半身が反応する。ああくそっ、リーナがいなくてよかった。情けないところを見せるとこだった。
「シシリー」
おやすみ、と布団をかけて部屋を出ようとしたら、弱弱しいちからで袖をつかまれた。
「ら・・てぃふ・・」
なんだこの生き物は、可愛すぎるだろう!
「なあシシリー。お前は俺をどうしたいんだ?」
毎日飯を作りに来てくれる女なんて、都合良く俺に気があるんじゃないかって思ってしまうぞ。
お前みたいな良い女が俺に惚れるはずもないのに。
でももし、お前が俺を望んでくれるなら。
いや、そんなはずはない。シシリーはリーナに対して罪悪感を覚えているから、その罪滅ぼしのために頑張っているだけだ。
それなのに。
「それなのに、なんだったんだ。あの女将のセリフは」
あれじゃあ、シシリーが俺に据え膳食われなかったことを悲しんでいるようだ。
女にとってそれでいいのか?
俺は、誰が見ても整っていない顔だと思われる男だ。冒険者として生計は立てているが危険な仕事には変わりない。
こんな俺にシシリーが惚れる要素がどこにあるんだ。
俺はその日、とにかく頭を抱えていた。
数日後、シシリーと会えた日のこと。
いつも通りに花を一本花売りから買い、材料費と少しの駄賃のつもりで金を用意していた俺は、はにかむシシリーを見て口を開いてしまった。
「お前、俺に惚れてるのか」
言うつもりはなかったのに、ここ最近まさかと思い続けていたから。
シシリーは手に持っていたジャガイモを落とした。そうか、今日はジャガイモの料理か。
それを慌てて拾おうとしたシシリーより先に拾うと、驚いたように目を見開いている。
「俺はこんなオッサンだぞ、いいのか。後悔しないか」
お前はこんなに綺麗なのに。俺なんてたいていのガキに怖がれる顔なんだぞ。この前も、名前も知らんガキにいきなり泣きわめかれた。思い出すだけで悲しい。
「こ、後悔なんてするわけない!」
熟れたリンゴみたいな顔でシシリーが怒鳴った。大きな目に涙を浮かべて俺を睨みつけている。なんだ、そんな顔もできるのか。
「そうか」
とりあえず涙を止めてやろうと手を伸ばすと、シシリーが両手でつかんできた。そのままの状態で頬を撫でると、どんどん熱をもつのがわかる。
ふと、外の雨音に気付いた。少し雨が強いようだ。
「なあ、雨が強いな」
「あ・・・うん」
「帰り道危ないだろう。泊まっていったらどうだ」
シシリーはハッキリわかるくらい戸惑っていて、そんな様子もかわいい。なんだ、かわいいって。
自分の中の感情に苦笑する。俺はもう、ずっと前からきっとこの女に好意をもっていたのだろう。
「いいの?」
「もちろんだ。一緒に飯を食おう。シシリーの飯は旨いからな。毎日楽しみにしてた」
「ええ!」
嬉しげにふにゃふにゃ笑うシシリーには悪いが、今度こそ女将さんに包丁を振り回されないよう、据え膳はきっちり頂こうと心に決めて、俺も笑った。




