(閑話)リーナがいない間のラティーフ
リーナが王都へ旅だって数日は、ラティーフはトトリという食堂に通った。もともと通い慣れた場所ではあるのだが、リーナから食事はきちんと取るように言われていたのだ。まるで立場が逆のような気がするが、健康についてはリーナのほうがしっかり考えているようなので逆らえない。
ラティーフはリーナを引き取ってからしばらく、トトリから距離を取っていた。原因はシシリーだ。
若くして旦那を亡くし、原因もさることながらリーナに対して恐怖を覚えた彼女は、あまり良いとは言えない態度をとった。それがラティーフには酷く癪に障ったのだ。
今考えても大人気なかったかもしれない。だが、あの当時はリーナに攻撃的な人間が多すぎて大変だったのだ。
リーナは基本的に我儘を言わない。まだ小さいのに自分の小遣いは自分で稼ぎ、生きる上で必要な知識をこれでもかと吸収し、立場の弱い人たちのために募金までしている。正直な話、ラティーフにはもったいないほど良い子だ。
それでもラティーフはもうリーナを手放せない。彼女の笑顔があるから、危険な場所から家に帰ってこられるのだ。いつの間にか生きる理由になっていた。
リーナが居ない家は明かりが消えたようだった。いつかはリーナも出ていくとわかっているが、それにしては早いのではないか。最近大家も元気がない。
「どうしたんだい、ラティーフ?」
シシリーが心配そうに見つめながら食事を出してくれた。
「ああ、いや・・・なんでもない」
「そうかい? もし体調が悪いなら無理しないでおくれよ」
シシリーは良い女だ。赤く長い髪と、酸味のある果実のような目の女に見つめられると勘違いしそうになる。
「そうだ。ここに通うのがつらいなら、あたしが夕飯を作りにいってあげるよ。リーナに頼まれてるんだ!」
「は?」
「といっても、作り置きって感じになるだろうけどね。夜はここの仕事があるからさ。昼過ぎから夕方までは時間があるから、作っておいてあげるよ。あんたはいつも頑張ってるんだから、無理して体を壊さないでおくれよ。リーナが泣いちゃう」
そうか、それを心配しているのか。確かにリーナは泣くかもしれない。しっかりしているようでまだまだ子どもだ。
「じゃあ、シシリーの都合のいい日に来てくれるか。金や材料や、いるものは何でも言ってくれ。・・・助かる」
シシリーは、まるで花が咲くように笑った。
「材料はあたしが見繕っていくよ。明日から任せて」
俺は、家の鍵の予備をシシリーに渡す約束をして、食事を済ませると店を出た。
今までの俺ならばこんな約束は絶対にしなかった。妻のことは今でも大切に思っているし、死んだ息子のことももちろん大切な存在だ。だが、それ以上に、なぜか一歩を踏み出してしまった。
止まっていた時間が動き出したような、そんな夜だった。




