可愛い部下の可愛くない日常 sideイロアス
ここしばらく、可愛い部下が元気を落としている。
生きた屍のように生気のない瞳を隠すこともなく、口数もかなり減り、食欲すらわかない様子だ。頬はこけ、わずかに曲がった背が痛々しい。
誰に何を言われてもぼんやりとしていた彼に、私は提案した。
「ねえ知ってる? 神殿の勇者がまた旅に出るらしいよ。今回は君もよく知る森を抜けた先の街がお目当てなんだって。そこには神殿はあるんだけど人が常駐していなくて様子がわからないから確認に行く。というのが表の目的なんだけど、裏はもちろん、君の婚約者殿(仮)だろうね。ついでだから、君も同行してきたら? ほら、お休みもたまっているし、なんなら公務扱いにしてあげるよ」
普段ならば、彼は一も、二もなく飛びつくだろう話にも喰いつかない。
「・・・リーナの気持ちがわからないのです。どうして突然帰ってしまったのか。しかも書置き一枚で。だって前日の夜にも会ったのに何も言ってくれなかったんですよ?」
自称婚約者だからだよ、とは言えないぐらい気を落としている。
「それも確かめておいでよ。どうして急に帰ったのか、気になるでしょう? のっぴきならない事情だったらどうするんだい?」
「確かにそうです。調べたところ、彼女の父親や周りには変化がなかったし、どうして帰ったのかわからないんです。わかっているのは神殿に行った直後だということだけ。それに神殿の動きも変です。どうして今更急に視察なんて」
調べたのか、こいつ・・・
正直この少年の意味の分からない行動力の高さが怖いが、それが婚約者のみに向いていることが救いなのだろうか。いや、彼女にとっては悪夢だろう。
「だから、君の愛しい婚約者を、元勇者が欲しがったからでしょう?」
これは、実は結構問題になっている。シュオンという元勇者は、生まれの身分が高いだけではなく、神殿でもかなりの地位についている。本来ならばそのような立場の人間が視察名目で王都から出ることは許可がおりない。それこそ国王が許可を出したから王都から出ることができるのだ。
では、なぜ王はその許可をだしたのか。
「言っておきますが、いくら神殿が欲したところで、あの商会を敵に回すような悪手をとるなんて思えません」
商会か。確かに、時に王家よりも強い力を発揮するあの商会は正直目障りだ。だが、危険な森の先を守ってくれる一族でもある。
彼らの情報網は侮れないし、アレクが婚約者と自称する少女の正体も、結局はつかめていない。さらにあの護衛の青年。身のこなしが明らかにおかしい。かなりの手練れだ。
あの商会については貴族ですら介入できない。王族の言うことだって、聞いているようできかない。
「ねえアレク、やはり仕事で行っておいでよ。もしかして君の知らない事実も隠されているのかもしれないよ? それに、今回の遠征はやはり普通じゃない。調べてきておくれ」
アレクセイは貴族の中でも珍しく内部まで入り込めた人間だ。本人にそのつもりがなくても、おそらくかなり珍しい立ち位置にいるのだろう。これは、私にとっても切り札となりえる。
ただし、諸刃の剣だが。
「・・・殿下がそうおっしゃるのでしたら、承知いたしました」
わずかに考えた後、彼はいつも通り頷いた。
それからは早かった。アレクは普段通り無駄のない動きで遠出に必要なモノを集め、私の仕事の手配をして(このあたりの努力はなくてもよかったのに!)、関係各所と連携をとり、数日後には王都を出て行った。
さて、この行動が今後どのようにつながっていくのか。
それは、神のみぞ知るのだろう。
私は、アレクの置き土産である大量の書類を前に、重たい溜息をつかずにはいられなかった。




