嵐の後で side総一郎
ようやく嵐が去っていった。
はやく帰れと何度言ってもきかなかったくせに、ある朝突然実家に帰る宣言。何があったのかは気になったがあえて聞かなかった。
あいつが面倒を見始めていたスラムの子どもたちも、今は少しずつ文字と算数を覚えて、時間があるときは俺たち憲兵が剣術を教えている。もうすぐ冒険者登録をする予定だ。
「総一郎、今度手紙を書くわ。よかったらうちにも遊びに来てね。じゃ!」
最後の言葉が軽すぎて返事をする暇もなく女は出て行った。
本当に、あいつは嵐そのものだ。
その一時間後、自称婚約者殿に締め上げられたのは記憶に新しい。
というか、自称でも婚約者のフリをしているなら、最低限の話し合いぐらいつけていてほしい。なぜ俺があんなガキに締め上げられなきゃならんのだ。
「ソウ、彼がいなくなって寂しいのか? 今日は元気がないじゃないか」
「俺はむしろホッとしていますよ。なんで俺が面倒みなきゃいけないんです」
「はは、商会のほうからお礼の品が届いているぞ。お前、頑張ったもんな。あんな高価な菓子なんてめったに食えるもんじゃない。もらっておけ」
同僚が人の良い笑顔で言うので俺も菓子に手を伸ばした。本当に大切にされているのだろう。丁寧に一つ一つ梱包された菓子はこの世界では珍しい。
はじめは森にいたらしい。その後一度拾われるも捨てられ、今の家族と出逢ったそうだ。大変なこともたくさんあっただろう。だがあいつは今笑っている。それでいいと思う。
婚約者のこととか、勇者のこととか、色々あるだろうが、俺はあいつが生きて元気ならそれでいい。
いつかあいつの住む街に行ってみようか。そうすれば、俺ももう少し新しい何かと出会えるかもしれない。
そう思った数日後、今度は神殿から使者がやってきた。
「は?」
「ですから、シュオンさまが巡礼の旅に出られます。つきましてはあなたに護衛を頼みたいのです」
「は?」
きらっきらした白い衣装に身を包んだ神殿の男は、ふん、と鼻で笑いながら不機嫌を隠さないまま俺に言う。隣の上司も驚きで固まっている。
「いや、どうして俺なんですか。俺はなんの力もないですよ。魔力も持たない平民ですよ」
「シュオンさまが偉大でいらっしゃるので、あなたの力には期待しておりませんが頭数が必要なのです」
それはつまり、何かあった時盾にするからよろしく。な意味か? 冗談じゃない。
「俺は経験不足です。そんなお偉い人の護衛なんて騎士にしてもらえばいいじゃないですか」
「騎士も同行します。今回は三名の元勇者の凱旋も兼ねています」
「いやいや、意味がわからない。それならどうして指名してくるんでですか。というか、勇者の中には元憲兵がいたじゃないですか。その人が居れば」
「あいつは、もう二度と王都から出ないだろうな」
隣の上司がぼそっと言うので、うっと言葉に詰まる。
そうだ。あの森で彼女を捨てた元憲兵は酒におぼれ、使い物にならない状態だ。
「だから、代わりに若いあなたを指名しているんですよ。それにあなたのことはシュオンさま自らがお選びになったのです。まさか断るおつもりですか?」
何様だ、こいつ。という顔を隠しもしないで男は言った。
「いやでも、俺は」
「神殿の意に背くおつもりですか」
「だから俺には荷が重いんですよ!」
言い合いはしばらく続いたが、重い溜息を洩らした上司は一度も俺をかばってはくれず、結局旅に同行することになった。
・・・・・マジか。




