これは珍しい sideネッド
これは珍しい。目の前の女が分かりやすく混乱して頭を抱えている。
何があったのか、恐らくろくなものではないだろう。彼女が落ち着くまで馬車の外の様子を眺める。あと数分ほどで店に着くので、そこで軽くお茶にしよう。甘いものでも食べれば落ち着くだろう。
それにしても店の馬車を借りたのは良いが、やはりクッションが足りない。次は最低でもあと二つは追加して、と考えていたら真剣な目をした女が俺を見上げた。
「ネッド」
「はい?」
「どうしよう、私、シュオンと血の契約を交わしちゃった。奴隷なんて欲しくないのに、あの変態さんったら私のことをご主人様とか呼ぶのよ。しかも神殿を出る手続きが半年かかるから待ってくれって! 意味が分からない、なんなの、昔はもう少しまともだと思っていたけど、全然まともじゃなかった。しかも人の話を聞かないし、いきなり私を養子にするとか宣言するし! なんなのあの人、怖いんだけど!?」
呼吸すら忘れて一息で叫ぶと、今はぜえはあと全身で呼吸する女の発言を一つずつ考える。
シュオンとは先ほど強引にこの女と俺を離した、もと勇者である。その勇者と何がどうして血の誓いなどを行ったのかはわからない。が、ご主人様と呼んだということは男のほうが隷属したということだろう。
養子発言は契約者と不自然ではない距離を保つための隠れ蓑だろうが・・・・・
「ひどい話ですね」
「そうなの! もうどうすりゃいいのよ!?」
「お嬢さん、口調が荒れていますよ」
「うっ」
しょんぼりと肩を落とす姿は愛らしいが、やはり珍しい。
「しかし、どうしていきなりそんなことに?」
「もう二度と私を傷つけないためだって。意味がわからない。確かに森で捨てられちゃったけど、冷静に考えれば殺されなかっただけマシだし、父さんたちにも出逢えたんだから全然いいのに! てゆーか、シスターとかなりたくないし!?」
マシ、ではない。あの森は本当に危険だったのだ。直接手を下さなかったからといって、やったことは殺人とかわらない重罪だ。恐らく聖職者として自責の念に駆られて暴走しているのだろう。
「お嬢さんをご主人様って呼んでいいのは俺だけなのに」
はあ、とわかりやすくため息をつけば、ドン引きした女が俺を見上げた。
「今は冗談でもきついわ」
本気とは言えない顔だった。
「それで、どうしますか。王都を出るのは賛成です。しかしどうやってアレクセイを説得するのか・・・骨が折れますよ」
「説得の必要は感じないわ。逃げちゃえばいいのよ」
「何、悪女っぽいこと言ってるんですか」
「とりあえず店に戻ったらお土産の配送を頼んで、それから宿に戻って色々逃げる手はずを整えましょ。憲兵の詰め所には明日の朝一番に事情を説明して」
逃げ足の速そうなことを言っているが、そううまくいくのか。まあ俺がいるから大丈夫か。
「わかりました。では俺もそのように動きます。ただお嬢さん、アレクセイにはきちんと言ったほうがよろしいのでは?」
「うーん。タイミングが合えば言うわ。合わなければ手紙を書くわ」
こいつ、本当にアレクとは結婚するつもりがないんだな。
「まあ、そろそろ帰りたいのは同感です。道中、旨いものをたくさん食いましょう」
「そうね! それが一番大事だわ!」
今日一番の可愛い顔で大きく頷いた女に、俺も知らず笑っていた。




