シュオンとの再会
「紅茶は嫌いか」
「いいえ、シュオンさま。とても好きですわ」
驚いた。顔を確認しに来たが本人だったこともそうだが、まさか私のことを覚えているとは思わなかった。
頬の筋肉が引きつりそうになるのを根性で抑える。
「シュウ、と呼んでいただろう。そう呼んでくれて構わない」
ネッドはかなり渋ったが、シュオン同盟だと思い込んだ(?)シスターに連れ去られてしまい、今は私とシュオンの二人きり。
神殿という場所には不釣り合いの華美な装飾を施した部屋は、しかしどうしたことか、不自然なほど家具がない。ベッドに質素な木のテーブル。椅子が一脚しかなかったため、シュオンは別室から、これでもかと装飾を施されすぎて座り心地の悪い椅子を持ってきて私を座らせた。他にあるのは衣類が入っているだろう衣装ダンスが一つ。こちらも部屋のキラキラしい壁に似合わないシンプルな木製のものだった。
どうやらここはシュオンの自室のようだが、どうしてこんなに居心地が悪いのだろう。
キョロキョロと視線をさまよわせると、言い訳のように彼は言った。
「本当はもっと狭く、静かな部屋がいいんだ。あの旅のころ、泊まった安宿のように」
「・・・不思議でございます。たいていの方は、これを嬉しく思う方のほうが多いのではないでしょうか」
誤魔化すことはできそうにない真剣な顔を私に向け、彼が何を話すのかと戦々恐々としている。ごくり、と唾を飲み込んだ。
「・・・そんな顔をするな。私は決して、もう二度と君を傷つけないと誓う。もし疑うのなら血の誓いをしよう」
血の誓いというのは、誓う内容にもよるが、たいていは奴隷が主人に対して生涯逆らわないことを誓うときに行う。方法は、主人の血を奴隷に飲ませ、魔力によって相手の命を縛るのだ。ただし、魔力がない人間にはもちろん行えない。
そう、つまり魔力などない私には関係のない話なのだ。
怪訝な顔をしたのに気付いたのだろう、シュオンは真面目な顔を崩すことなく言った。
「私の魔力を使うので問題なく行える」
「・・・わたくしは、方法を知りませんの」
「任せてほしい」
いやいやいや!?
なんでやること前提なの、なんなの、どこからその手に持つナイフを出したの!?
「これは護身用だ。普段は足元に隠している」
私の考えていることがわかるの!?
「君は、顔に出やすくなったな。良いことだ」
ハッとした時にはもう遅かった。右手を取られて、つけていた手袋を外され、音もなくナイフを引く姿を呆然と見た。わずかに切れた傷口は、思ったよりも痛くない。
ふわり、と風のない場所で私とシュオンの髪がゆれた。温かい風が私たちを包む。
これがシュオンの言う、魔力というものなのだろう。まるでスローモーションのように私の指を咥えた男を見た。どのくらいの時間がたったのか、実際は短かったのかもしれない。
一度だけ、私のものではない心音が響いた。
「・・・シュオン?」
「ああ、これで私は、もう君を本当に傷つけられないし、裏切らない。これでいいだろうか」
いいだろうかではない、知らん間に奴隷できちゃったんだけど、私にどうしろと!?
混乱している間に、シュオンはどうやってか私の傷を癒した。え、こんなことできるの、すごっ!
「簡単な傷ならば私にも癒せる。私は君の役に立つだろう。末永く頼む」
「いや、わたし、そろそろ家に帰るから多分しばらく王都には来ませんけど」
「え?」
「え?」
え?
二人そろって首をかしげたのだった。




