はじめての外食 sideラティーフ
少し前まで毎晩といっていいほど通っていた食堂は、うちから徒歩数分の距離にある。
もともと冒険者御用達だからリーナの存在を知っている者が多い。
それでもリーナは一番奥の、人目に付きにくい場所に席を取った。店に入った瞬間素早く目を向けたのがそこだったことに驚く。
書類上七歳で登録したが、もしかしてもっと上だったのかもしれない。
「俺の娘のリーナだ。よろしくしてくれ、シシリー」
食堂で働いているシシリーは、リーナを見て一瞬戸惑ったようだったが、それでも笑みを浮かべた。
「こんばんは、いらっしゃいリーナ。あたしはシシリーよ」
シシリーは数年前に冒険者だった旦那を亡くし、今はトトリという食堂で、住み込みで働いていた。歳も俺とそう変わらないがいつまでも若々しく冒険者たちには人気がある。
赤く長い髪と、酸味のある果実のような目の女だ。こいつを狙って通う冒険者も少なくない。
リーナは周りを軽く見渡し、誰も見ていないことを確認するとフードをとった。
その瞬間、シシリーが息を飲んだのを確認して、またフードをかぶった。
「こんばんは、シシリーさん。リーナです」
口元だけは笑みを浮かべていたが、内心どれだけ傷ついたことだろうか。
俺は知らず、シシリーを睨み付けてしまった。
「ご、ごめんなさいね。珍しい色だから驚いてしまって・・・・いま、飲み物を持ってくるわ。ラティーフはいつものでいいかしら」
「・・・いや、酒はやめた」
「そ、そう、わかったわ」
酒が飲みたかったらこの街にはいくつもの酒場があるが、シシリー目当ての冒険者はこの食堂でもよく飲んでいる。
別にシシリー目当てってわけじゃなかったが、俺も面倒でよくここで酒も食事も済ませていた。
シシリーが席を離れたのを確認し、俺はもう一度リーナに顔を向けた。
「リーナ、すまん。嫌な気持ちにさせた」
「ううん、大丈夫。平気だよ」
シシリーが足早に飲み物と定食を運んできた。ここのメニューは一食しかないので、客が選ぶということはない。毎日違うメニューを出してくれるので飽きることもないのだ。
「お待たせ、今子ども用のも作ってもらってるから、待っててね!」
さっきの様子が嘘のように、いつも通りの顔を浮かべるシシリーを内心苦く思ってしまう。だがこれがこの街の連中の当たり前なのだ。この反応が。
「子ども用とかあるのか」
「当たり前だよ、子どもにこの量は多すぎるからね」
なるほどとうなずいている間にシシリーは呼ばれて席を離れた。
テーブルの上には果実水が二つと俺用のメニュー。今日は鹿肉とトマトのスープがメインか。スープとパンとサラダ。あとピクルス。よくある定番メニューだが、このトトリの店のスープは体が温まり、何よりも肉が柔らかく食いやすい。
「お父さん、冷たくなっちゃうからはやくたべてね」
「ここのは冷めても旨いからいい」
こいつはこんな風に気を使うのだ。
「お待たせ!」
シシリーは俺の分の半分以下のものを持ってきた。子ども用と言うだけあってデザートに果物がついている。
「わあ、おいしそう」
「うちのは美味しいよ、たんと召し上がれ!」
だが。
「きゃあ!」
トレーを受け取ろうと手を伸ばしたリーナの小さな指先がシシリーの手に当たった瞬間、彼女は悲鳴をあげて食器を全て床に落としてしまった。
皿の割れた音が響き、すでに数人の客がいたが、その全員が俺達を見ていた。
「あ、ああ。ごめんね、驚いてしまって」
焦ったように言うシシリーは、しかしリーナと目を合わせることはない。
「す、すぐに新しいものをもってくるから」
俺が口を開くため立ち上がった時だった。
「驚かせてごめんなさい。お食事はもういいです。お父さんが食べたら出ていきます」
「リーナ!」
「お父さん、大丈夫。本当はね、ご飯の用意は半分出来ていたの。だから、帰ってから食べるよ。また作り直してもらうのは悪いし」
驚くほどリーナの声が冷静で、まるで何も気にしていないと言いたそうなそれにゾッとした。
こいつは、こんな扱いに慣れているのだ。
俺が家に居ない間、どれだけの酷い扱いを受けたのかと思うと自分がふがいなくて許せなくなる。
「ごめんよ、すぐに新しいのをっ」
「・・・ううん、大丈夫。シシリーさん、気にしないで」
リーナは、シシリーを見ていなかった。