勇者 過去にとらわれた憲兵 sideパルキ
勇者とは名誉職だ。
ずっと以前は、魔王と呼ばれる存在が確かにいて、それを退治し、人類の平和に貢献する正義の人だった。しかし時代は流れ、魔物はいまだ消滅していないが場所がほとんど限定されているため、正直人間の生活に影響を与えることは少なくなってきた。
それでも人々は勇者という存在に夢と希望を持っていた。
そのため、数十年に一度勇者を用意し各地を旅する。そうすることで勇者という存在がいまだに人々を守ってくれると安心感を与えてくれる。
その時も三名の男が選ばれた。
王立騎士団に所属している貴族で、体力と知力に自信のある男が一人、生まれは平民だが気転が聞き行動力のある憲兵から一人、高位貴族の生まれで神殿に所属している若君が一人。彼らははじめ、とてものんびりと旅をしていた。なにせ目的は国中を回ることであり別に戦闘を求められたわけではないのだ。それでも男たちが選ばれたのは、その時代のイメージに沿っていたからだ。
彼らは時折魔物を狩り、一応やることはやっている体で旅を続けた。
問題が起こったのは無限の森と呼ばれる魔物出没地帯でのことだった。そこを抜けてあとは王都まで戻るだけの、最後ともいえる旅の途中。
彼らが森に入った四日後、ぼんやりと立っていた少女を発見、保護したのだ。
彼らは決められた文言でもって名乗ったが、少女は首をわずかにかしげるにとどめ、まるで何も知らないようだった。
傷のない手足と、つやのある黒髪。人の心を奥深くまで覗き込むような黒い瞳。白い肌も、森の中で出会うはずのない人間だった。
三人はまず魔物ではないかと疑ったが、人より多くの魔物と戦ってきた彼らはそれを否定した。本物の魔物はもっと恐ろしく、また知性などない生き物だからだ。
だが、彼女の足は汚れてはおらず、どうやってその場所までやってきたのかもわからない。
勇者である彼らは歩きなれたブーツで早足に進んでいた。一介の冒険者よりもなお早い足取りであった。子どもの足ならば更に数日はかかる道のりを、怪我もなく、持ち物すらなくどうやって。
不審は、すぐに不信に変わった。
その子どもと出会ってからまるで世界が変わったように森が静かになったのだ。ありとあらゆる生き物が息を殺してこちらを見ているのではないかと恐怖を覚えるほどの静寂。
今まで経験したことがないほどの緊張感に包まれた彼らは、罪悪感を覚える暇もなく子どもを手放すことにした。
「これだけの食糧があれば三日は生きていけるだろう。運がよければ冒険者に拾ってもらえるかもしれない。頑張りなさい」
ごつごつした手で渡すのは干し肉と黒パンの入った麻袋。己がどんな顔をしているのかもわからないほどに、内心は焦っていた。表情が硬くなっている自覚はあった。それでも、意思は変わらなかった。
わずか、二日、三日でボロボロになり始めた小さな白い手に袋を手渡す。
細く短い針で心臓を刺されたような痛みを伴ったが、三人の男たちはその痛みを無視して歩き出した。ふと、憲兵の男がわずかに振り向いた。
小さな子どもはぼんやりと男たちを見ていたが、その表情が崩れることはなかった。
「まだ昼間だぞ」
呆れた顔を隠さず元同僚は言う。定期的に生存確認に来てくれる貴重な存在だった。
「・・・俺はもう憲兵じゃない」
「だからと言って、昼から飲んだくれることが正しいとは思えないがな」
そう言いながら、手土産に酒と肉と果物を持ってきた彼は、お世辞にも綺麗とは言えない部屋の、物があふれたテーブルに遠慮なく置いた。空気の入れ替えすら数日行っていない部屋は、カーテンの隙間からわずかに入る日光で埃が舞うのが見て取れた。
元同僚の男はやはり遠慮なくカーテンと窓を開けて空気を入れ替えると、脱ぎ散らかした服や、床に投げられた毛布と空の酒瓶を拾っていく。キッチンでは湯を沸かし、茶を入れた。
「公衆浴場にでも行ってこいよ。お前、臭うぞ」
「・・・うるさい」
「まだあの夢を見るのか?」
「ああ」
もう何年も経ったのに、彼は夢を見続けた。
「あの黒い子どもが今も俺を見てるんだ」
あの森で捨てた子ども。黒い瞳の小さな女の子。
「何も言わず、ただ俺を見ているんだ」
苦し気に絞りだした声は、小さな悲鳴となって部屋に響いた。




