ソウという男 sideネッド
その男は馴れ馴れしく、彼女の傍に立っていた。
顔を顰め、生意気な口調で声をかけていた。
「なんか怖い感じしねえ?」
「やさしーよー」
「優しそうだぞ?」
口調が砕けすぎだ。あと近くの男も気になるが無視しよう。よく彼女にお菓子を買い与えているようなので、今度お礼をしなくては。
「リノ、お疲れ様。頑張っているかい?」
「あ。おにーちゃーん!」
今日も笑顔が可愛い。男の姿だが可愛い。こんな姿をアレクの野郎が見たら絶対に変態の道へ入るだろうから見せられない。
「ボクはいつも頑張ってるよ!」
「そうだね。えらい、えらい」
カツラ越しだが撫でると嬉しそうに目を細めるので、本当に可愛い。
「んふーっ」
「リノ、今夜はお得意様がいらっしゃるから早く帰ろうね。夕刻にまた迎えに来るよ」
「はぁい」
お得意様とはアレクのことだ。二日と空けずに顔を見に来るため少々うざ・・・いや、マメなことだ。
彼女の望みである“冒険者”たちの報告は毎日夕食前に済ませる約束だ。
この地ならばいくらでも情報は手に入ると思っていたが、意外にも情報規制されており中々連中の足取りがつかめずにいる。
「・・・では、弟をよろしくお願いします」
にこりと笑って軽く頭を下げると、ソウと呼ばれる男が目に見えて胡散臭いという顔をつくった。こいつはもう少し自分の感情を消せないものなのか・・・
可愛い笑顔と野郎どもに見送られ、俺は裏道にそっと足を踏み入れた。
表から一本入るだけで世界がかわる。
「こんにちは、ベルノーラ紹介です。ご注文の品をお届に参りました」
さあ、仕事の時間だ。
「なあ、あんた」
そいつが声をかけてきたのは意外だった。
「ああ、ソウ“先輩”。こんばんは」
にやりと笑えば、奴は心底嫌そうな顔で俺を見た。
「あいつについていなくていいのか」
「弟はすでに就寝しておりますが」
夜の酒場は表通りの、まあ比較的高級な部類に入る店だ。楽の音が静かな世界を演出してくれている。
酒と女の匂い。そして、平和な世界。丁寧に磨かれた木目調のカウンターテーブルに肘をついて酒を楽しんでいたのに。
よくできた店員は俺たちを見て軽く会釈を残し去っていった。
「その胡散臭いのヤメロ」
「はは、ひどいな」
「・・・・で、調べ物はうまくいってんのか。あんた、最近いろんなところに出入りしてるだろう。あんたのことを調べだした連中がいるぞ。あんま、神殿に目を付けられるような方法はとらん方がいいだろう」
おや、どうやら忠告に来てくれたようだ。
断りもなく俺の隣に座ると、すっと一枚の紙を渡してきた。
「そいつ、大の勇者好き。そいつに聞けば今のことも昔のこともわかるぜ」
「・・・なぜ、協力してくださるので?」
「お前らそろそろ帰れ。ここはお前らが思っているほど平和じゃない」
クッ。と笑いがもれた。
この男はどうやら俺たちを、とりわけ彼女を心配しているらしい。
「なるほど」
「・・・あいつが俺に興味を持つのは仕方ない。でも、俺たちは関わらなくても互いに生きていける。そう伝えてくれ」
それだけ言うと俺の酒を勝手に奪って飲み干し、なんだこのキツイの、と文句を言って出て行った。
情報料だろうか。随分と甘い男だ。
しかし、アレクが彼女を簡単に手放すとは思えない。たとえ彼女の目的が完了しても。
「まあ、そこは俺の出番ってところか」
さて、どうするべきか。
俺は手の中の紙を開いては閉じ、開いては閉じ。それを五回ほど繰り返した。




