出逢い
「そんなに見つめられても何も出せないんだが」
ソウイチロウと名乗った男は、よく見れば彫の浅い日本人のような顔だった。暗めの茶髪に黒に見える瞳。年のころは二十歳前後だろうか。
「ソウイチロウ。あなたどういう字を書くの?」
「文字の練習がしたいなら明るい場所でするんだな。どうせここには明かりもないだろう」
「では、意味はどういう意味なの?」
彼は変なことをきくガキだと言いたそうな顔で私をじろりと睨んだけれど、さいごには根負けしたようにわかりやすくため息をついた。
「ため息をつくと幸せが逃げるのよ」
そういえば、ハッとしたように目を見開いてマジマジと私を見つめる。
「そうだわ。わたくしの名前だけれど」
よいしょ、とかつらを取ると子どもたちから悲鳴があがった。なんだ、そんなに驚かなくてもいいじゃないか。
「リーナよ。前の名前は白石里奈っていうの」
「・・・お前、日本人か?」
おおっ!
私は叫びだしそうな自分を必死に抑え込む。
「ええ。もと日本人よ。無限の森で拾われたの。あなた勇者って知ってる?」
「・・・よく生き残ったな。勇者なら二年前に引退したって聞いたぞ」
本当に勇者がいるのか・・・・・
「俺は天羽総一郎。とりあえず何があったのか話してくれ。ちゃんと他の連中には話を合わせてやるから。わかりやすい嘘をつかれると調書で粗がでそうだ」
それは考えていなかったわ。
うん、と一つ頷いてことのあらましを説明した。
総一郎はまた、大きなため息をついていた。
彼のお仲間は十分もしないうちに到着した。総勢十名ほど。中にはネッドもいた。一生懸命探してくれたのか、全身で呼吸して額からも喉からも滝のような汗をかいている。
「ネッド、来てくれてありがとう」
「お嬢さん!」
ネッドは人目もはばからず私をぎゅうっと抱きしめた後、すぐに体を離しいたる場所を手で触って確認した。
「怪我はないわ。お腹はすいているけれど」
「かつらを取られたんですね」
「かつらなら、ずれたから自分で取ったわ。そこの子どもたちが助けてくれたのよ」
ほう、と低い声が響いた。子どもたちがひっ、と悲鳴を上げる。
「俺が見た人さらいもこんな年齢のガキに見えましたが、気のせいですか」
「暗かったものね」
わかりやすく唇を噛みしめ、彼は一瞬だけ私を睨んだ。
「わたくしを助けてくれたのよ。お礼がしたいわ」
「お優しい施しが、こいつらのためになるとお思いで?」
「チャンスは誰にでも一度は与える主義なの」
淡々と話をしていたら、総一郎がおい、と声をかけてきた。
「怪我はないようだが、一応医者を呼んでいる。まずは詰め所まで同行してくれ。ここの連中にも話を聞く予定だから連れて行くぞ」
「ええ、総一郎。お願いするわ」
「ソウイチロウ? いつのまに憲兵隊と仲良くなったんですか」
まるで浮気を詰問される夫の気分を味わっているのだけどなぜかしら。
「彼も助けてくれた人よ。彼にもお礼をしたいわ。差し当たっては明日、ランチでもいかがかしら」
「仕事があるんで遠慮します」
あら残念。
「じゃあお夕飯は? 今日はもう召し上がったのかしら」
「これからあんたらの聴取だって言ってんだろうが」
ため息を隠さない彼に、ネッドが睨みつける。
「口の利き方に気を付けていただけますか」
「・・・とにかく、詰め所へいくぞ。いいな、里奈」
リナ? とネッドが首を傾げた瞬間、彼に手を伸ばした。
「ええ、もちろんよ。ネッド、わたくしを運んでちょうだい」
「はい、お嬢さん」
二人の男はもう一度、私の顔を見てため息をついたのだった。




