出会い side総一郎
商業ギルドのそばで少女が誘拐されたというしらせを受け、俺は人の声を頼りにスラムに足を踏み入れた。
憲兵になって二年。少し伸びた髪を後ろで一つにくくり、走り難い路地を急ぐ。本来ならば二人一組が原則だけど、仕事が終わったばかりでバディは別の場所にいたのだ。
仕事中かどうかは一般人には関係ない。護身用のサーベルを握りしめ誘拐犯を探す。話では若い少年たちだった。まだグループで行動しているかもしれない。
「子どもを数人見なかったか」
「・・・金を」
「急いでいたはずだ」
銅貨を二枚投げれば、スラムの住人は簡単に口を開いた。
「あっちだ。ガキが何人かいた。大きな荷物を持ってった」
「助かる」
顎で行き先を示すと、スラムの住人は興味を失ったように俺から顔をそむけた。気にせず道を行く。何度かそれを繰り返すと、一件のボロい家を見つけた。屋根は半分以上ないし、壁もところどころ穴が開いている。中からは人の話し声が聞こえた。
「邪魔するぞ!」
壊れかけたドアを足で遠慮なく蹴破ると、中には想像通り子どもたちが七人。
「け、憲兵だ!」
「ひっ」
身ぎれいな少女以外の子どもたちが怯えたように俺から離れていく。
「子どもが誘拐されたと通報を受けた。何か知らないか」
俺は一番年かさの少年を睨みながら言えば、彼は口を何度も開け閉めして、それでも首を横に振った。何故かボロボロと泣いている。なんだ、俺はそんなに怖かったか?
「まあ、よかったわ。わたしはここです」
「は?」
おっとりと笑う少女が場違いにも声を上げるので驚いた。
「この方たちが助けてくださったの。とても怖かったけれど、今はもう怖くないわ」
「・・・君は?」
「わたくしはベルノーラ商会に連なるものですの。憲兵さん、わたくしをベルノーラ商会まで連れて行ってくださいませ」
え、と俺と同じように驚く子どもたち。いや、なんでお前らが驚くの。
「・・・犯人はだれだ?」
「逃げてしまいましたわ。この方たちに姿を見られて驚いたようでした。彼らはわたくしを助けてくださったのよ。何かお礼をしたいわ」
にこにこと笑う彼女は、本当に、あまりにも場違いすぎてどうすればいいか悩んだ。
「信じろと?」
「信じない理由がありまして?」
おっとりと首をかしげる姿は貴族の傲慢さそのものだ。自分の言葉が受け入れられないとは決して思わない人間の姿そのものにため息が出そうだ。
「了解した。ではあなたをベルノーラ商会までお連れする。だが彼らにも話を聞きたい。仲間が来るまで待ってくれ」
俺はそう言って、憲兵隊員に配布されている信号弾を空に打ち上げた。天井がなくてよかった。
「話をきくもなにも、彼らはわたくしを助けてくれたのですわ。ねえ、みなさん。そうでしょう?」
笑っているのに何故か恐ろしい気配を醸し出す少女に、子どもたちは慌てて何度も頷いた。
おかしい。俺は誘拐犯とその被害者を追っていたはずだ。それなのにどうしてこの少女のほうが怖いと思うのか。
「ではお嬢さん。あなたの名前は? 俺は憲兵隊第八部隊に所属しているソウイチロウだ。みんなにはソウと呼ばれている」
「え?」
初めて、少女は俺をまじまじと見た。まるで信じられないものを見るような顔で。
それが、俺と彼女との運命の出会いになるなんて、この時は知る由もなかった。




