誘拐
麻でできた袋は居心地が悪い。ちくちくして痛いし、運ぶ人間が気を付けてくれないと気持ち悪い。
さて、そんなことを冷静に考えながら、ほんの数分前のことを思い出していた。
私とネッドはベルノーラ商会に向かう途中でスリの集団に遭遇し、警戒したネッドが一瞬意識を外にやった瞬間私だけ連れ去られたのだ。
ネッドが鋭い声をあげるが、時すでに遅かった。
これが誘拐かと気付いた時にはかなり離されたようで、けれど耳を澄ましていると道行く人たちが誘拐だと叫んでくれたため憲兵がすぐに来るだろう。
えっさ、ほいさと上へ下へ揺られて吐き気がする。夕食前でよかった。
とにかく丸まって大人しくしていると、目的地に着いたのかそっと地面に置かれたのが分かった。すぐに袋を開けられ、袋の中から出される。
「こいつ、金持ちの娘だ。こいつを売ればいい金になるぞ」
「売るより身代金でいいよ。いくら出すかな?」
「うわあ、キレイな顔だ。いいにおいがする」
驚くことに、そこにいたのは七つから十三歳程度の年齢の子どもたちばかり。数は六名。若干危険な単語が聞こえたけれど、殺意は感じられない。
「あなたたち、だれ?」
首をかしげると、子どもたちはぴたりと口を閉じた。
「わたし、昨日王都に来たばかりなの。身代金を要求するのは難しいと思うわ。さっきまでギルドでお手紙を書いていたのよ。家はとても遠いの」
多少嘘が混じっているが完全な嘘ではない。手紙は今朝“冒険者ギルド”で出したばかりだ。
「お、お前の身代金が取れないなら、お前を売ってやる!」
一番年かさな少年が指さしながら言うので、思わず聞いてしまった。
「誰に?」
「え」
まさか考えなしの発言だったのか、笑いそうになるのを必死でこらえる。
「お、お前は金持ちの家の子どもだろうっ、俺たちの役に立ってもらうからな!」
「どうして?」
「え」
そもそもうちの父は冒険者ですが。
「か、金持ってんだろう!」
「王都の情報を得るために来ているの。お金は最低限しかもっていないわ。なんなら働くつもりだもの」
これも嘘ではない。だってアレクがホテルを用意しているから宿泊費はあまりかからない旅だったし。
私が怖がることもなく冷静に言葉を紡ぐからか、子どもたちからは次第に困惑の雰囲気が漂ってきた。まあ我ながら誘拐された子どもの態度ではないのは事実だろう。
だけど考えてほしい。今日はこの後商会に行って挨拶を済ませてアレクが用意した宿に行って美味しいご飯を食べる予定だったのだ。お腹はすいているしさっさと挨拶を済ませたいし、正直細かい文字を見続けたせいで眼精疲労が酷い。
そう、つまり私の機嫌はとっても悪かったのだ。
「あなた、わたしより年上よね。なら働いたらどうなの。どうして誘拐という安易な方法に逃げるの。それで一瞬楽ができてもその先は? ずっとこうして生きるつもりなの」
「お、俺たちには親がいないんだ!」
「わたしだって、もともと孤児よ」
「え」
「子どもだけで生きることの大変さはわかるわ。でも、それを言い訳に逃げ続けられるほど世の中甘くないのよ。こんなことではなんの解決にもならないの」
彼らはお世辞にも清潔とは言えない容貌をしていた。何日もお風呂に入っていないのはすぐにわかったし、頬もどこも煤汚れていた。手足も真っ黒で浮き出た鎖骨が痛々しい。きっとろくな栄養も取っていないのだろう。それでも。
「あなた歳はいくつ?」
「じゅ、十四」
「もう冒険者ギルドに登録できるじゃない!」
「う・・・でも、俺がいないとこいつらが昼間誘拐されるかも・・・」
「だったら自衛する手段を身につけなさい!」
そこからは怒涛の説教タイム開始だった。
まず彼らの名前と年齢と簡単な経歴を聞き出し、一番年上の少年フリン君を正座で淡々としかりつけていく。年少たちはそれを真似して、私に、一緒に怒られるという意味の分からない状況ができてしまった。
フリンははじめ、でも、とかだけど、とか言って逃げ道を探していた。
彼らはストリートチルドレンだ。フリンが心配するような怖いことは日常茶飯事だろう。小さな子どもが「人を売る」ということを覚えるのも無理はない。フリンの体をよく見れば、唇の端が切れ、目元は青あざ。他にもたくさんのあざがあった。
きっと子どもたちを守るためにたくさん痛い思いをしたのだろう。
それでも、このままではいけないのだ。このまま歳を重ねても彼らには生きるすべがない。生きるために人を傷つけ、傷つけられ、その繰り返しだ。
「俺は、どうすればよかったんだ」
ぽろぽろと涙を流しながら呟いた言葉は、私の中でいつまでも残るものだった。




