お話をしましょう
「リーナ?」
アレクが連れてきたのは宿の裏手にある綺麗ない庭園だった。それにはキラキラ輝く星。地上にはたくさんの種類の花が咲き乱れて幻想的だった。明るい星空が照らしてくれるからランタンも必要ない。
アレクの顔もよく見えた。
「アレク、私の髪は伸びたわ。切られた首の傷もすっかりなくなった。もうあの日のことを悔やまないでほしいの。私は、もうあの時の小さな女の子じゃないわ」
アレクは不思議そうに私を見やり、こつんと額同士をくっつけた。
「うん、君は素敵な女の子になったね。あんまり美人だから正直ちょっと心配してるんだ」
人の話をきけ。
「アレク、あなたは本当に私が好きなの? どうして? 今でもあの日を悔やんでいるから、その感情を勘違いしているのではないの?」
「あの日のことはとても悔やんでいるよ。一生悔やむと思う。でもリーナ、私はあの日よりも前に君を好きになったんだ。初めて屋敷で出逢った日に、恋に落ちたんだよ」
え、何言ってんの。
信じられなくてマジマジと彼を見つめると、何がおかしかったのか彼はふっと笑った。
「信じられない?」
「ええ、信じられないわ」
「どうして?」
「どうしてって・・・そんなことを急に言われても・・・」
それって一目ぼれだったの? うそでしょう?
あの頃の私は礼儀作法も習ったばかりだったし、街ではまだまだ嫌われ者で、彼に好かれる要素が全くなかったのだ。
「私は一貫して、君を守ってきたつもりだよ。だって好きな子が悲しい思いや怖い思いをするのを見たくなかったからね」
「それは・・でも、信じられないわ」
「どうして? 君の黒曜石のような瞳や、絹のような黒髪を美しいと思うのはおかしい? 君の誠実なところも、我慢強いところも、甘えるのが苦手なところも、料理がうまいところも、勉強に一生懸命なところも、全部好きだよ」
あとほんの数センチで唇がくっつく位置にいて、私の視界は彼でいっぱいだ。この綺麗な美少年に耐性がない人ならこれだけで恋に落ちるだろう。
しかし。何が悲しいって、この状況でも“お兄ちゃん”的位置づけの彼にときめけない私が一番悲しい。
「リーナ、ここはときめいてほしいな」
「ごめんなさい、アレク。久々に会えたはずなのに、全然久々じゃない気がして」
「ふふ、私の心はいつも君のそばに置いているからね」
なんだそのキザったらしいセリフは。あんた将来ホストにでもなるつもりか?
「そっか、リーナは私の婚約者は嫌なのか」
ふっと、彼が体をわずかに離す。でも抱きしめる腕はそのままだった。
「ねえリーナ、私は君が好きだよ。だけど君はまだ世界が狭いんだ。王都に来ればもっといろんなモノを知るだろう。どうかな、僕はそれを隣で眺めているだけでいいんだけど」
何が言いたいのかわからず首をかしげる。
「王都は危険もたくさんあって、私の婚約者ということにしておけばある程度の危険からは逃れられるよ。だからリーナ、私を利用すればいい」
「利用?」
「私はこれでも王位継承権三位に仕えている近衛騎士だよ。弱小貴族なら目じゃない。私は君の盾になれる」
だからね、と耳元で優しい声が落ちてきた。
「とりあえずしばらくは私をそばにおいて。王都で私以上に君を守れる人間はいないよ。この名前があれば入れる場所も増える。君の仕事にも有利に進められることが絶対にあるだろう。後悔はさせないから。ダメかな?」
なんだろうか、うまいこと言いくるめられているだけのような気がするんだけど。
「でも、そんなのあなたに利点がないわ」
「好きな子のそばにいるだけで最大の利点だよ」
彼はいつからこんな軟派な性格になってしまったのか・・・
「でも」
「リーナが大好きだよ。それだけじゃダメ?」
それはダメだ。彼の将来を考えると、お嫁さんはちゃんとした貴族のお嬢さんのほうがいいはずだ。でも彼はあの日のことが理由ではないといった。
そんな彼に勘違いだのなんだと言っても意味がないように思ったのだ。
「答えを出すには、まだ早いと思うんだ」
リーナ、と何度も彼は優しい声で私を呼ぶ。
それを心地よいと思うのは、本当に悪いことなのか、それともよいことなのか、自分の気持ちや考えがよくわからなくなってしまった。




