星空の下で sideアレクセイ
無事にリーナと出会えた私たちは、彼女を連れて王都にほど近い大きな街へ入った。すぐに彼女のためのドレスを用意した私に、あろうことか殿下が見回りを命じたためひと悶着あったが、リーナを守るためだと言われれば仕方がない。
王宮で育った性格の悪い殿下がリーナに手出ししていないか心配だが、ネッドさんがいるから最悪の事態は免れるだろう。
そんなことを考えながら宿に戻る。街の中で最も高級な宿は安全性と気密性が売りだ。よくやんごとない方が使われるため従業員もしっかりしている。
馬を預け殿下のもとに戻ろうとした俺を、ネッドさんが呼び止めた。
「アレクシス」
「ネッドさん、お疲れ様です」
いつも通りの淡々とした顔に、わずかに見えた怒り。不思議に思い首をかしげる私に、彼は低い声で言った。
「今宵、お嬢さんが話したいことがあるそうだ。お嬢さんは色々あって大変お疲れだ。決して無理をさせぬよう」
「承知しました。ありがとうございます。夕食の後に誘いますね。ところでネッドさん、なにがありましたか」
彼は何を思っているのかわからない顔で私を見て、それから嘆息した。
「森での一件、聞き及んでいるか」
「はい、あの危険な森で護衛たちが依頼を放棄したと。こちらにも伝っております」
たった一人でリーナを守ってくれた彼はやはりとても凄い人だ。尊敬を込めて見つめると、しかし気だるげに首を振った。
「いろいろ思うところがあるようだ。あまり、無理をさせるなよ」
「はい」
それだけ言うと彼は去っていった。足音すら立てない彼に深く頭を下げ、私は殿下のもとへもどった。
「ねー、アレク」
「なんですか殿下。あ、私が居ない間にお茶をしたんですね。私も喉が渇きました」
二人分のそれを確認し、きっと私がいない間にリーナと飲んだのだろうと察した。
「君、本当に彼女と婚約しているの?」
「私はそのつもりですが、なぜですか?」
「君たちに温度差があるように思うんだけど」
「リーナは照れ屋なんです。かわいいですよね」
何故か先輩騎士からドン引きされたような視線を受けたが何故かわからない。
「・・・・・まあ、それはともかくとして、あのネッドとかいう男は何者?」
「私に体術を教えてくれた先輩ですね。とても強いですよ」
「うーん。ベルノーラ家って色々気になってきちゃったよ」
「大丈夫ですよ、殿下。リーナに手出ししなければベルノーラ商会が牙をむくことはありませんから」
ニコリと笑えば、何故か視線をそらされた。
「ちょっと殿下、まさか」
「今日は何もしてないよ、ただお茶をしただけ。でもアレク、たぶんだけど、君が思っているほど彼女は弱くないと思うよ」
「弱くないから心配なんですよ」
甘えることが下手なリーナだからこそ、私は心惹かれたのだ。
どんな酷い扱いをされても前を向いてしまう彼女だからこそ。
「ふうん」
殿下は何故か、そんな私を興味深そうに見ていた。
夕食はリーナとともに食べたかったのに、彼女はさっさとギルドへ向かい遅くまで戻ることはなかった。
ようやく戻ってきた彼女をなんとか呼び止め、それから薄手の毛布をもって外に出た。
「ごらん、綺麗だろう?」
宿の裏手には景色を楽しめるような庭が整えられていた。空には満点の星空。地面にはたくさんの花。きっと彼女が気に入ると思い、こんな時間だがこの場所を選んだのだ。
時間が遅いせいか他には誰もおらず、私は持ってきた毛布をリーナにかぶせてその隣に腰掛ける。
「ええ、綺麗ねアレク」
「リーナ、ずっと会いたかった。本当は星祭りの度に君に会いに行こうとしたんだ」
「・・・ええ、いつも素敵なプレゼントをありがとう、アレク」
小さかった体は少しだけ大きくなって、それが会えなかった時間の長さを知るのだ。そっと抱きしめると、リーナは私の顔をジッと見上げた。
「アレク、私はいつからあなたの婚約者になったの? あなたから、直接申し込まれたことはなかったと思うのだけど」
「そうだね、言葉にはしなかった。でも君も私にこれを返してくれたじゃないか」
胸元から、黒いリボンを出して彼女に見せる。いつでも彼女の思いを抱えていたかった。
だけどリーナはそれをちらりと見やっただけで、私をまた見つめる。
「リーナ?」
彼女は一瞬だけ悲しげに目を伏せ、それでも次の瞬間にはいつも通りの顔に戻っていた。




