優秀な部下の優秀な婚約者殿 sideイロアス
「よく来てくれたね、お嬢さん」
王都は明日、という距離を走ってきたわたしたちは“予定通り”愛らしいお嬢さんを拾い、宿をとった。
王都からほど近い大きな街でアレクが買い与えたドレスを纏い、完璧な淑女の礼をとり、適度な距離を保ったまま淡々とした瞳でわたしを見る少女。
警護確認のために街を一周しているアレクがいない今が狙いと、わたしは彼女を呼び出した。
まあアレクとはひと悶着あったが・・・
「楽にしてくれて構わないよ。お茶は好きかい? ちょっと付き合ってくれると嬉しいな」
「・・・もったいないお誘いです」
あ、これは逃げたがっている? うーん、でもこの機を逃すと彼女と話すのは難しいだろうからちょっと無理を言ってみようかな。
「甘いお菓子もあるんだ。一人は退屈なんだけどな」
もちろんこの部屋にはわたしの護衛もいるが、彼らはただの空気だ。
「・・・長旅で、甘いものはあまり食べられなかったので嬉しいです」
うん、うん、頭の良い子だ。顔は相変わらず淡々としているが。
空気のような護衛が慣れた手つきでテーブルをセットしていく。もう一人が彼女を席まで案内し、スムーズな動きで座らせた。どこの世界に、平民の十歳の少女が王族のもてなしを当たり前のように受けられるというのか。その動きすら平民ではない。
「単刀直入に聞いてもいいかな? あ、マナー違反かな?」
「殿下のお好きになさってください。わたくしは貴族ではありませんし、あなたさまの配下でもありません」
それに、と彼女は薄っすらと笑みを浮かべた。
「アレクが戻る前にお済ませになりたいのでしょう?」
「頭の良い子は好きだよ」
互いににっこり笑うと、彼女はカップに手を伸ばした。
「おいしいです、殿下」
「よかった。じゃあ一つ目の質問。ねえ君、ほんとうにアレクが好きなの?」
彼女はふむと言葉を噛みしめているように一度ゆっくりと目を閉じた。
「わたくし、いつの間にか婚約者と呼ばれておりましたの。一度も互いの思いを口にしたことはありません。刺繍も奥様に言われたとおりに針を入れました」
え。
「アレクがわたくしにこだわるのは、以前の事件がきっかけでしょう。貴族の子息に髪と首を切られたことがありますの。首の傷はかすり傷でしたし、髪もご覧の通り伸びました。けれど、彼はその時のことを深く悔やんでいたようなのです」
髪と首・・・そういえばある時期、とある貴族の子息の行動が社交界で話題になったな。あり得ない行動に避難殺到で、あの時の子息は現在も領地に謹慎させられているはずだ。
「正義感の強い少年には刺激が強く、彼はその時の感情を恋愛と勘違いしているものと思われます」
え。
「殿下、わたくしは正式に彼の婚約者ではありません。もし彼がまだあの時の感情にとらわれているのであれば、わたくしは彼を開放してあげたいのです。わたくしも彼もまだ若く、また、彼は騎士としては優秀なのでしょう? 将来良い方を奥方に迎えることも」
「まって、まってくれ、とりあえず、まって」
あわてて止めてしまった。
もしこんな話を彼が万が一聞いてしまったら、あれがどんなに荒れることか。甚大な被害は免れないだろう。考えただけでゾッとする。
「君が冷静に彼を観察しているのは理解したよ、でも、彼の感情を勝手に勘違いと決めつけるのは間違っていると思わないかい?」
「はい、おかしいと思います。ですので、この旅で彼の本心を確かめたいと思ったのです」
ふーむ。わたしは紅茶を一口飲み気分を落ち着けて、次の質問に移った。
「君、本当はいくつ? 十歳じゃないよね。ドレスはアレクの趣味で子どもっぽいけど、見る人間が見ればわかるよ。君、もう少し上だよね?」
全体的に小柄だが、そのおっぱいは子どもじゃ無理な完璧な形だよ。
リーナと名乗った少女は、ちらりと私の護衛に目をやる。
「大丈夫、ここでの件は絶対に漏れない」
その言葉にうなずくとリーナは、驚くことを口にした。




