どうしてこうなった
無事新たな護衛を雇いいれ、王都へ向けて出発したのが数日前。
王都まであと三日もあれば到着するだろうと平和な旅路を進んでいた私たちの前には、ひらりと風になびく美しい白い意匠。蔦のような刺繍がしてあり精悍な顔の男たちによく似あう青い鎧を引き立てる白いマントだった。
ずらりと十五人はいるだろう。その前には白馬に乗った顔の綺麗なお兄さんと、以前よりだいぶ成長したアレクの柔らかな笑み。
アレクの乗った馬は大人しく主に従い、ゆったりと、しかし堂々と私の前に進んできた。
風を切って飛び降りると、彼は地面に片膝をついて騎士のようにポーズを決めた。いや、騎士だったねあんた。
私はドン引きで言葉も出ないし、隣に立ってくれている新しい護衛たちも顔を引きつらせて彼を見ていた。
「リーナ」
その囁きは熱を帯び、間違っても十歳の小娘に向けるものではない甘みを含んでいた。
そっと差し出された手に、反射的に手をのせた。しまった、お屋敷でのお嬢様教育がこんなところで動くとは!
彼はそのまま手の甲に親愛のキスをささげ、そして見るものを蕩けさせる様な甘い笑顔を浮かべたまま、また私の名を囁いた。
「リーナ」
迎えに来たよ。と・・・・
いやまって、まだ王都じゃないし、後ろの白馬の人が気になって仕方ないし、というかあんた、いったい何してんの!?
叫びたい衝動を抑えてこの場は頷く。
それが随分と鷹揚に頷いてみせていたことにも気付かず。
「わたしも、会いたかった。でも、ご挨拶はあとです、アレク」
そう言えば彼は叱られた子犬のようにしょんぼりして前をゆずった。
・・・アレクってこんな感じだったっけ?
「お初にお目にかかります。わたくしはラティーフ・ボフマンの娘、リーナ・ボフマンと申します」
旅のための衣装は裾が短いけれど、淑女の礼を取るとあちこちから「ほう」と感心するため息が聞こえた。
ふふん、どうよ。奥さまたちに仕込まれた私の淑女っぷりは!
と思いゆっくりと顔を上げるとアレクが熱に浮かされた顔で私をじっと見つめて・・・いやいや、あんた本当に大丈夫か?
自分のことだけど、正直十やそこらの少女に見とれる変態さんだったとは知らなかったよ。まあもっと以前に遠回しな告白は受けてたけどさ。
「やあ、リーナ殿。はじめまして。私が彼の上司だよ。一応この国の王位継承権も持っている。どうぞよろしく」
にこっと爽やかな笑みを浮かべる白馬の王子さま。笑い話にもなりません。
「殿下におかれましてはご機嫌うるわしゅう。けれど、なにゆえこのような場に皆さまがおられるのでしょうか? わたくしは、王都へ向かう途中でしたの」
「それは君の婚約者殿がどうせなら少し遠回りしてみようと提案してくれてね」
それって・・・
ちらりとアレクを見ると、にっこり笑顔が返ってきた。
「・・・そうでしたか、皆さまのお仕事の邪魔をすることは許されません。どうぞ、先にお進みください」
言外にさっさと行ってくれと言えば、アレクも殿下も信じられないものをみるような顔で私を見つめてきた。なんだ。何が言いたいんだ。
「・・・ついでだから君を王都まで案内しよう」
「お心遣いに感謝を。けれど、わたくしは商人として各地の情報も集めております。この旅路は仕事もかねておりますゆえ、このまま参る所存です」
「え」
うん? と顔を上げると王子さまがギョッとしたように私を見ている。どうした王子さま。さっきから額に汗をかいているようだけど。
「そんな、リーナ・・・せっかく会えたのに君をこんな場所に置いて行けというの?」
「アレク、あなたはここで何をしているの? 護衛騎士とはお遊びでできるものなの? わたくしは、あなたに会えてうれしいわ。でも、これは遊びではないでしょう?」
淡々と言えばハッとした顔を浮かべると、アレクは殿下に向けて膝を折った。
「殿下」
「各地の資料ならば私が何とかしよう! せっかく愛し合う二人が出会えたのだ。この良き日に水を差すほど無粋ではないよ。さあ、お嬢さん、こちらへ」
やけに焦っているように見えるが、いったい何が・・・・いやそもそも愛し合ってないけど。いぶかしげに私が視線をやると、王子さまはへらりと笑って誤魔化した。
「それではお嬢さん、俺は護衛たちの件についてギルドに寄ってから追います」
「・・・ええ、よろしくお願いします」
ネッドに護衛たちの件を頼み、私はアレクについていくことになった。
これはちょっとお説教が必要かしら。
ため息を隠さない私を見つめ、幸せそうにアレクが微笑んでいた。




