ちょっとは休めと言いたい sideネッド
冒険者ギルドをぬけ、商業ギルドに入った瞬間職員たちと、わずかにいた商人たちから不審者扱いを受けた俺だが、リーナを見た連中は顔色を変えて近寄ってきた。
軽食と、リーナに言われた統計なるものを大急ぎで用意する連中に、こいつはやはりすごいんだなと感嘆の思いで見ていた。
陰気くさそうなオーガスと名乗った男は、年齢は俺より少し上の三十後半だろう。落ちくぼんだ目に気の弱そうな垂れ下がった眉。だが身に付けるギルド職員の制服はピシッとのりもついており清潔そうだ。
不測の事態に弱いのかリーナとの会話で多少混乱したようだが今は彼女の補佐について様々な質問に答えている。
答えを聞く限り優秀なのだろう。リーナも楽しそうだ。
「ふう」
会話が一段落したとき、リーナは小さく息を吐き出した。
「お嬢さん、いい加減少し休みませんか。なんのために来たと思っているんです」
「まあネッド、寂しかったの? 放置してごめんなさい」
「違いますし放置も気にしません」
なんだ放置って。
「あと少し資料に目を通したらもう用はないわ」
「その統計とやらは何の役に立つのです」
「統計は大事よ。次の予測が立てやすくなるもの。なんとなくでも読んでおくと何かの役に立つかもしれないでしょう?」
「常々不思議ですが、お嬢さんは将来どうなりたいのですか」
「どうとは?」
俺たちの会話を興味深そうに見ている他の連中が気になるが、今はこちらを優先しよう。でないとこの女はいつまでたっても作業の手を止めないだろう。
「そもそも別に商売を極めたいとか思ってはいないのでしょう」
「ええ。わたしは大切な人たちと静かに、健やかに暮らしたいだけです」
「でもこのままいくと、アレクセイの嫁になって王都で暮らすのでは?」
「そうなの?」
時折思うが、アレクセイほんっとうに不憫だ。
「あいつのことはどうするんです」
「・・・彼に直接会って決めたいの。だって彼が私を大事にしてくれるのは気の迷いかもしれないでしょう? まだお互い若いのだし。それに、彼はきっと王都で素敵な人と出逢いそうだし」
まあ見合いの話は掃いて捨てるほど来たらしいが、それも最初の頃だけだ。変態的なまでにリーナを愛しているアレクセイのヤバさを知った連中は、早々に娘を嫁がせることをあきらめているようだし。
何せ、娘を紹介してきた貴族たちに、いかにリーナが素晴らしいか愛らしいかを全力で説いているらしいからな。一番厄介なのはそれを鵜呑みにして信者のように祀る奴まで現れ始めていることだろうか。
ふと、王都へ行くのは別の意味で危険なのではないかと思った。
「では、アレクセイの感情は一時的なものだとお嬢さんは思ってらっしゃるんですか」
「会えない間はお互いの良いところばかり見えるものです。でも実際会えば想像と違ったなんてこと、よくあるでしょう?」
なんて冷めた意見だ、あんたのことだろうに。
俺は少しだけ、本当に少しだけ呆れた顔をつくってしまった。
「なあに?」
「お嬢さんの実年齢を知りたい気持ちでいっぱいです」
リーナはわずかに目を見張って、それからきょろきょろと周りをみたわし、それから誤魔化すように笑った。
「・・・ふふ」
こんなふうに誤魔化すことも有るのか。でも、嘘はつかないんだな。
「お嬢さん、とりあえず今は休憩にしましょうか」
「ええ、そうね」
そう頷いて、しかし僅か数分後には作業に戻ってしまったこの女に俺は、少しは休めと怒りたい気持ちになった。




