ギルド職員のささやかな疑問 sideオーガス
全身黒づくめの男に抱えられて扉の外からやってきたのは、見慣れない一人の少女だった。一瞬誘拐かと思ったが少女が穏やかな顔をしているので違うのだろう。
見覚えのある少女は、ここ数年なにかと話題をさらう人物。
「ごきげんよう、入ってもよろしいかしら?」
「これはこれは、かの天才にお越しいただけるとは光栄のいたり」
職員総立ちで出迎えると、少女がふっと笑った。
「わたし、先ほどこの街についたばかりで足が疲れてしまったの。見学も兼ねて少しここで休ませてもらってもよろしいですか?」
噂通りの聡明なお嬢さんのようだ。
森の先の街のギルドマスターから、もしこの方がお見えになっても決して子ども扱いしないようにと言われた理由がよくわかる。
明らかに普通の子どもではない。今はなぜか男に抱きかかえられているが。
「もちろんでございます。さあ、こちらへ・・・・おや、護衛が少ないようですが他の方は下のギルドですか? よければ皆さまに軽食などご用意できますが」
「いいえ、わたしとこの人だけよ」
は? 不審者きわまる男と二人で森を抜けてきたとでも?
「トラブルがあって、途中から二人で森を抜けたの。だからとても疲れてしまって・・・恥ずかしい話ですが喉もかわきましたの。お茶を頂きたいわ。それから、この街の各種統計を拝見したいわ。最新のものから過去三年分見せていただけます?」
淡々としているが子どもとは思えない発言に絶句した。しばらく立ち尽くしていると、男がうやうやしく彼女を近くの椅子に座らせる。
精神的に早熟しているとはいえ、まだ小さな体なのだ。さぞ大変だっただろう。
「かしこまりました。すぐに・・・暖かいお茶と、それから・・・統計資料を・・・ああ、甘いお菓子もご用意いたしましょう。あとサンドウィッチと・・・ああ、キッシュはあったかな」
ハッと気づいた瞬間にそう早口で言えば、近くにいた他の職員が走ってバックヤードに消えた。あの先は職員しか入れない。ちなみに上の階にはギルマスしか入れない部屋もあるんだが・・・
「まあ、ふふ。そこまでは望んでおりませんわ。あ、でも・・・メモをとりたいの。こちらのテーブルと椅子をお借りしますわ」
「もちろんです!」
資料を見るならばスペース的に足りないだろうと他のテーブルを寄せていると、いつの間にか黒い男も手伝ってくれてすぐに終わった。もちろんお茶と軽食も彼女たちの前に置かれている。
「爽やかな酸味のお茶ですね。この街ではこういうものが好まれるのかしら?」
「は、はい。甘い菓子にあうよう、少し酸味が強いものが好まれます」
「これはこれでおいしいわ。ネッド、帰りに寄ったときに買って帰りたいわ」
黒い男はネッドというらしい。そこで、私は名乗ってもいなかったことに気付いた。
「手配してきます。どうせなら届けてもらいましょう」
「レディ、申し遅れましたが私はギルド職員のオーガスといいます。以後お見知りおきください」
「まあ。わたしこそごめんなさいね。リーナです」
にこにこ笑う姿は無害だ。わずか十歳にして我々の年収の何倍も稼いでいるようには見えない。
しかも稼いだ金のほとんどを寄付に回すなど普通ではない。稼ぎたいと思っていないのだろうか?
「なにかしら?」
「その、失礼ながらレディはなぜ多額の寄付をなさるのですか? あなたが手にできるはずだった姿絵の売上全額寄付は我々も驚きました」
黒い宝石みたいなキラキラした目をそっと伏せて、リーナと名乗った少女は口元に笑みを浮かべた。
「あれはもともと売られるはずのなかったもの。ただより怖いものはありません。それに、わたしは森で拾われた人間だもの。たくさんの人に親切にしていただいたわ。だから今度はわたしの番。今、救いの手を必要としている人にまわすのは当然でしょう?」
その言葉はとても優しい笑みのもと発せられた。




