お茶にしましょう
商業ギルドのドアを開けようとした瞬間だった。
階下から何かが壊れるような音がして振り返る。ネッドに何かあったのかと急に不安になり慌てて階段を下りた。
「ネッド?」
「ああ、大丈夫です。なんでもないので」
珍しく笑顔を浮かべるネッドだが、その表情と行動がどうしても結びつかないのはきっと、彼が年配の男性の襟首を絞め上げているからだろう。
「まあネッド、おじいさんに暴力なんていけません」
「手が滑っただけですよ」
いや、そんな言い訳通じるわけないじゃん。
「いけません。今すぐおやめなさい」
無言無表情が標準装備のネッドとは思えない様子に頭痛がする。よほどおじいさんの言動が気に入らなかったのか・・・けれど掴まれているはずのおじいさんはこちらを見てわずかに目をそらした。
そうか、きっとネッドはわたしに関することで怒ったのだろう。
不器用だけど、優しい人なのはもう知っている。彼はいつも影のようにわたしを守ってくれているのだから。
「ネッド、わたしは喉がかわいたの」
ネッドはゆっくりとした動作で手を相手から離した。せき込む相手に一瞥をやることもなく私に体を向けた。
おじいさんは何度か咳きこんだが文句を言うことはなかった。その人の背を他のおじいさんが撫でて落ち着かせている。
「・・・・」
「お茶は、一人じゃいやなの」
「・・・・はい」
「だから、はやく一緒に行きましょう。終わったのでしょう?」
「細かい話は・・・もう少し」
目をそらしながら言うセリフだろうか。まったく、とため息をついた。
「ネッド、あとはギルドに任せます。いいですね? あなたの役目はわたしの護衛であって、悪い子におしおきを与えることじゃないでしょう?」
「おしおき・・・悪い子・・・」
ネッドがまた何か呻いているが無視して言葉を続けた。
「お茶にしましょう? その間に、新たな護衛を探してもらえばいいわ」
「新規の依頼ですね、わかりました」
茫然としていた他のおじいさんがあわてたように駆け出した。
「ネッド、足が疲れたわ」
そんな嘘も、今の彼には丁度良かったのかな。ゆるゆると顔をこちらに向けて、けれど少しだけ笑い出しそうな微妙な顔でうなずいた。
「かしこまりました」
彼は私を抱き上げると階段へ向かう。おじいさんのことは最初から存在そのものがなかったかのように振る舞う彼の手はわずかに震えていた。
「ありがとうネッド、わたしは大丈夫よ」
ゆっくりと背中を叩くと、彼は悔しげにくしゃりと顔をゆがめたのだった。




