眠る横顔 sideネッド
リーナが眠ったのは岩場についてすぐだった。
驚くほど魔物と獣の気配がない。これとリーナが関わっていることはすぐに気づいた。
だが別に怖がるほどではない。人間の中にはなぜか魔物や獣が避けて通る奴がいる。王都の一部ではそういう奴を研究してるところもあるくらいだから、このことは隠さなければいけないだろう。
それよりも今は腕の中で無防備に眠るリーナのほうが心配だ。
細い指先は必死に俺の上着をつかんでいる。眠る顔は青白く今にも死にそうだ。眠っているのに一つ、また一つ小さな涙が流れている。
グランのメンバーはリーナの心を深く抉った。見えないが鋭いナイフで何度も刺した。それは言葉だったり、視線だったり、空気だった。
奴らは気づいていなかった。
あの洞窟の中、一番奥にいたのは震える体を必死に隠していたからだ。
言葉よりも雄弁に叫ぶ小さな体になぜ気付かずにいられるのだろう。きっとこの小さな女は気付いたはずだ。自分が昔捨てられた理由を。
自分が普通ではないことを嫌というほど思い知らされたはずだったのに、ここにきてまだこんな思いをしている。
「ね・・・ど・・・ごめ・・・い・・・」
眠りながら俺に謝るのは、自分のせいであいつらとうまくいかなかったと思っているんだろう?
でも違う。もともと俺は群れるのが苦手だし、あいつらが勝手にあんたに怯えたんだ。
この小さな女は、たぶん俺たちが思っている年齢よりもずっと上だろう。もしかしてアレクセイよりも上かもしれない。
抱きしめた感触は少女というには難しい。全体の作りが小さいだけでもう大人に近づいている。
今こうして抱いていてわかる。こいつは、子どもの体じゃない。
まわりの奴らはまだ気付いていない。こいつの初潮はすでに始まっているが、街の連中はそれを知らないから子ども扱いできる。
おかしいとは思ったんだ。わずか九つのガキが初潮を迎えるとか。
あの時の困り果てた顔は今でもよく覚えている。そのあとの舌打ち。正直誰だお前と問いただしたいぐらい別人に見えた。
少なくとも初潮が何かわかっている顔だった。そしてなぜかとても面倒がっていた。
まあその事実を知っているのは俺たち護衛だけなんだが・・・
子どもに見えるようふるまう時があるのは、まわりの反応を気にしての事だろう。だが時折それが出来なくなり、突如すらすらと喋ることもある。
「お嬢さん、あんたが何者でも俺たちはあんたを守る。だから安心して眠れ。今、あんたはどこよりも安全な場所にいるんだ」
眠る女に囁けば、わずかに指先の力が抜けた。
見た目でこいつを判断して攻撃する街の連中も貴族のガキも、さっきの冒険者たちも、こんな小さい女のどこが怖いってんだ。
俺は孤児だから、孤児ということだけで色々言われたりされてきた。でもいつもベルノーラ家が守ってくれた。物理的にも心理的にも。
今この女をそうして守れるのは俺だけだ。口下手で不器用で、壊すことしか知らない俺だけなんて不安しかない。
雨よ、はやくやんでくれ。俺ではこの女の心までは守れないんだ。
次に目覚めるまでずっと、俺は腕の中の女の顔をじっと見つめていた。




