雨の中を走る
わたしは痛む心を無視してサゴールに報酬を手渡した。
前もって半額、残りは目的地に着いてからというのがルールだったんだけど、ここでお別れならば後腐れがないように適正な金額を渡すべきだと思ったのだ。
もちろん、こんな危険な場所で契約を打ち切る分料金はかなり低い。
でも、こんな状態の中進むほうがきっと危険だ。
盾の人がわたしに対して奇妙な疑いを持ち出したのは森に入って二日目ぐらいだった。そのあと剣の人や、リーダーのサゴール。唯一の女性にまで変な空気が感染したように見えた。
わたしは人間だ。でも、森の中の魔物たちはわたしに怯える。
魔法が使えるわけでもなく剣技が得意なわけでもない私は、この中で一番非力なはずだった。
だけどわたしが居ることで魔物が出てこないことはあり得ないぐらい異常なんだって。
ネッドなんかは「やっべ、お嬢さんマジ便利ですね」なんて感動したような目で見てくるんだけど、彼はきっと変わり者なのだ。
そんなネッドは、わたしのために予備のマントを広げてわたしに巻き付けた。
「ちょっと濡れますよ」
「平気よ、いきましょう」
これ以上ここにいては逆に危険だ。だって彼らにとってわたしは化け物のような存在。休んでいる間に殺されてはたまらない。
「さようなら、お世話になりました」
最後にもう一度彼らを見ると、皆一様に驚いた表情のまま固まっていた。
短い間だったけど、いいとところもきっとたくさんあった。
優しくしてくれたのに、わたしの存在がそれをダメにしてしまった。
なんだか申し訳ない気持ちだ。でも何よりもわたしとネッドの安全が最優先だ。
もし、彼らが考える通りわたしがいることで魔物が出現しないのならば、ネッドと二人で先を急いだほうがいい。
正直、彼らの先のことなんて気にしなくていいだろう。護衛対象が居ないほうが戦いやすいだろうし。
その時ふと気づいた。
ああそうか、わたしが昔この森で捨てられたのは、きっとあの人たちも同じようにわたしに疑いを持ったからなんだ。
だから一緒には行けなかったんだ。だから、あんな苦い顔をしていたんだ。
冷たい雨が心を冷やしていくように感じた。今はそれが心地よく、でもすごく寒かった。
「お嬢さん、今は何も考えないでしがみついていてください。急いで雨宿りできる場所を探します」
「うん、お願いします」
ごめんねネッド、本当は彼らを最後まで使いたかったんだろうに。
私はネッドの体にマントの上から紐で結ばれて赤ん坊のようにしがみついた。
ざあざあと煩い雨の中、バクバク動くネッドの心臓の音が聞こえて、彼が酷く緊張しているのがわかった。
「ごめんなさい、ネッド。巻き込んでしまって」
「喋らないで、舌を噛みます」
ネッドは片腕でわたしをギュッと抱きしめて足を進めた。子どもを一人抱えているとは思えないほど彼の足は軽やかに進む。そのうち、洞窟からはかなり離れた場所までいくと、一度止まって周りの様子を確認して大きな岩場に身を寄せた。中が空洞になっているみたい。
「この雨の中、川に近づきすぎるのは危険です。木々の間にいるのもよくない。獣が隠れているかもしれない。だから今夜はここで過ごしましょう。大丈夫、くっついていれば寒くない」
ネッドの心臓もようやく落ち着いて、でも私を絶対に離さなかった。岩場は少し寒かったけど、彼の体温が心地よくて、わたしはいつの間にか眠りについていた。




