疑い sideサゴール
朝から小雨が降りだし、昼過ぎには土砂降りとなった。
森の中では雨は危険だ。だから適当な洞窟を見つけてやり過ごすことにした。
今回は小さい子どももいることだし、幸い食糧には余裕もある。まあ一日ぐらいならと俺たちは当初そう考えていた。
だがその夜。
「なあ、おかしくないか」
それは盾のユリーズだった。
「どうしたユリーズ」
モーテが静かな声で問うが、その表情は緊張感に満ちていた。
みんなで焚火を囲みながら外の気配に気を配っていた俺たちは、時間が経てば経つほど恐怖心をあおられていた。
「なんでいないんだ」
ざあざあと降り注ぐ雨の音がうるさいはずなのに、その小さな言葉は響いた。
「ちょっと、ユリーズ」
ミンスがたしなめるように言うが、こいつの表情もいつになく堅い。
俺たちは森に入ってからずっと気になっていることがあった。
それは、ただの一度も強い魔物と遭遇しないこと。弱い魔物は数えきれないほど出てきたが、それでも一匹ずつで、普段なら集団行動を好む連中までほぼ出てこない。
何度もこの森は通ったが、こんなことは今まで一度もなかった。
運が悪ければ森に入った途端強敵にぶち当たることも少なくないのに、こんなに遭遇しないことは今まで一度もなかった。
それはまるで嵐の前の静けさのようで恐ろしい。そう思っていたのは一日目の夜。
だが今は。
「なあ、お前・・・ほんとうに人間か?」
「ユリーズ! なんてことを言うの!」
洞窟の奥、子どもとは思えないほど落ち着き払ったその様子が今は不気味だ。
俺はちらとその少女に目を向けた。ほんのわずかにネッドが身構えたように見えたが、それでも俺たちに何かを言うことはなかった。
「だっておかしいだろう! あんな弱っちい連中でも魔物なんだぞ、それなのにこの子どもを見た瞬間怯えたように逃げまどって!」
そう、どんな魔物もこの少女を見ると怯えたように逃げまどう。おかげで殺しやすいが・・・正直なところ、まさか強大な魔物ですら怯えて出てこないとかじゃないよなと疑ってしまうほどだ。
「・・・わたしは、人間です。でももし、皆さんがこれ以上行動を共にできないということでしたらこの先はわたしとネッドだけで向かいます。報酬はその分引かせていただきますが、どうされますか」
「それだよ! お前のその子どもらしくないところが気持ち悪いんだよ!」
冷静な物言いは、この場においては逆効果だった。
何かに怯えるようにユリーズは少女を見る。少女は、俺たちの顔を一人一人じっと見て、それからふっと微笑んだ。
「ネッド、どうしますか」
「今ならまだ街に引き返せますが・・・正直、こいつらには失望です。坊ちゃまが優秀だというから信じてついてきたのに、この程度のイレギュラーで取り乱すなど言語道断。うちの連中を連れてきたほうがよかったですね。実力も大したことはないし・・・俺ならこのまま二人で進めますよ」
俺たちはギルドでも信頼された冒険者だ。だからギルド長が選んでくれた。だがネッドの物言いはとても辛辣で、そして俺たちに腹を立てているのが気配で分かった。
この男は俺たちを信用していない。この少女を信用しない俺たちに敵対心のようなものを持っている。
ともに旅をしてきてもう数日も経つのに、今初めてそれに気付いた。
「アレクに行くと約束しましたし・・・仕方がありませんね。これから先はわたしたちだけで行きましょう。ネッド、ごめんなさいね」
「構いませんよ。何かあった時のための俺ですから。でも、俺と二人の旅はかなり厳しくなりますよ」
「ええ、わかっています」
ふう、と小さく息を吐きだして少女は立ち上がった。




