トール・リボルバーの一日 sideトール
僕の名前はトール・リボルバー。リボルバー商会の長男で、ゆくゆくはそちらを継ぐ予定だ。でも僕はまだまだ若輩者で世間知らず。
だから今は国内屈指の豪商ベルノーラ家に奉公にきている。ついでに色々学べるのはいいよね。
ベルノーラ家には今、僕の他に一人のお嬢さんを預かっている。
リーナさんという綺麗な女の子だ。
初めて見たときは黒い髪と瞳に驚いたし、年齢に合わない落ち着きに戸惑ったりもした。
その上彼女はあの有名なアレクセイ様の婚約者でいらっしゃるんだ!
アレクセイ様の名を知らない王都民はいない。よわい十五にして王子殿下に認められた実力と、王族にも引けを取らない整った容姿。
柔らかな物腰と貴族特有の高貴な雰囲気。
僕とそう変わらないのに彼はもっと高みにいるのだ。
王都を離れる前、両親に最後の思い出だからと連れて行ってもらった先で、ひと目見たときから彼に対しての憧れと尊敬をもつことは当然の感情だった。そして、この街に来て彼が以前働いていた場所で出会った少女。
なんて綺麗な女の子だろう。やっぱり、特別な人には特別な相手がいて当然なんだろう。
凛とした立ち姿。物怖じしない視線。聡明な発言は大人顔負けだ。
何より定期的にアレクセイ様から届く贈り物には愛情がつまっている。
きっと誰よりも幸せな人だ。
最初は、そう思っていた。
朝起きて顔を洗い、部屋を出るまでに身支度を完璧に整える。朝食は使用人用の食堂で食べてから旦那様たちを起こす。旦那様たちが仕事に行ったら屋敷や庭の清掃。そして、リーナさんが来たら一緒に行動することが多い。
僕のように王都出身者や、大きな港町で育つ人間は幼少より様々な国の人を目にする機会が多い。でも、この街のように閉ざされた場所では他国の人に出会うことも少ない。
僕はリーナさんを見て綺麗だな、可愛いなって思うけど、この街の人は違う。
黒い髪と瞳に恐怖や悪意、酷い時は憎悪を抱く。
リーナさんは外に出る時は必ず護衛がつけられて、一人で街を歩くことは未だにないそうだ。
以前はあからさまに嫌がらせをする人も多くて、みんな彼女が外に出ることをひどく心配する。
リーナさんの髪が普通の子よりも短いのは、化け物呼ばわりされたあげく、貴族の少年にナイフで切り落とされたからなんだって。
なんでそんな酷いことをするのだろう。きっととても悲しくて、とても怖かったに違いない。
それでもリーナさんは絶対に前を向いて歩く。とても強い子だ。
僕もこんな風に背筋を伸ばして一人前の顔で歩けるよう日々努力しなくちゃ!
そんな風に思いながら彼女の隣を歩きだした。




