九歳の星祭り
髪がもとの長さぐらいまで近づいたこの頃。三回目の星祭りはもう直前だった。
今年こそは戻ってくるのではと囁かれていたアレクの帰還はなく、結局今年も刺繍入りのハンカチを送るにとどめた。
アレクからは王都で人気が出ているらしいドレスが届いた。いやドレスってあんた。
しかも腰ひもで微調整できるタイプを選ぶあたり抜け目ない。
ベルノーラ家には最近アレクの代わりに別の少年が行儀見習いとして入った。
もともと別の商家の長男で、商売の勉強も兼ねているらしい。
ベルノーラ家が認めるくらいには身元は判明しているし、私を見ても顔色一つ変えなかった。
「こんにちは、リーナさん」
彼は現在十三歳。名前はトール・リボルバーくん。いつもにこにこと笑っているんだけど、もともと糸目だからそう見えるのかもしれない。
おっとりとした雰囲気の少年で、わずかに鼻の上にそばかすが散っている赤毛の少年だ。
美少年とはいえないけど、優しい雰囲気が女の子たちに人気でもある。
「ごきげんよう、トール」
私はいつものように挨拶をして経済学の勉強に意識を向ける。
経済学なんて元の世界では大学でちょっとかじっただけだけど、やってみるとこれが結構面白い。
「リーナさん。ここ、教えてほしいんですけど」
「どこ?」
トールの良いところは、こうして年齢を問わず先輩に質問できることだろう。最初は私の容姿から子ども扱いしていた彼も、すぐにその認識を改めたようだった。
「やっぱりリーナさんはすごいね。こんなの、大人でもわからないよ」
「わたしは、いっぱい学んだから。トールはすぐにわたしを追いこすわ」
「そんなことないよ。そうだリーナさん。明日のお使い、僕も一緒に行ってもいい? もっとこの街の事を知りたいんだ」
「ええ、もちろんよ。ワイズ様にきいてみましょう」
トールは何でも知りたがった。そして一度学んだことは次につながるように復習も欠かさない。真面目な良い子だ。
「ところでリーナさん。最近は彼から、その、届いたの?」
トールが何やらもじもじして言うので、一瞬彼って誰だっけと首をかしげた。
「もしかして、アレク?」
「うん!」
トールはもともと王都の出身で、アレクのことを闘技大会の時に知ったらしい。小さな体で大きな大人たちを圧倒し続けるアレクに憧れがあるのだとか。
「このあいだ、ドレスをいただいたわ」
「わあ! どんなドレスなの?」
「ふふ、星祭りには着ようと思うの。楽しみにしていて」
「うん! でもリーナさんはやっぱり凄いや。あのアレクセイさまの婚約者だもんね!」
・・・・は?
「僕ね、アレクセイさまにも憧れるけど、彼が愛してるって公言してるリーナさんも凄いと思うんだ!」
なんだって?
「大会の日、彼は王子さまと決闘したんだけど、その時黒いリボンのことを聞かれて、それはとても綺麗な笑顔で“将来の妻からです”って言ったんだって! 僕は遠くから見ていたから言葉は聞こえなかったけど、とっても恰好良かったんだよ!」
今思い出してもわくわくするよ!
なんて爽やかな笑顔で言われても!
アレク、あんた何やってんの!? しかも相手が王子さまってなに!? 誰と闘ってんのよ!?
もう突っ込むのも疲れるわ。
私は聞かなかったことにして、とりあえず勉強に集中しようとしたんだけど、トールが言っていた“将来の妻”という言葉に一人悶絶してしまった。
くそう、あんたが言うと様になるな! ちくしょう、想像して恥ずかしくなった!
トールは、まるで妹の成長を見守る兄の様な優しい顔をしてそんな私を見つめていた。




