その少年は sideイロアス
騎士団主催の闘技大会当日。第四王子であるわたしは、大会会場にて剣をふるっていた。
男の王族は十七になったらこの大会に出て優勝しなければならないのだ。
もちろん実力で。
過去には不正をした王族もいたが、そういった人物はすぐに王都から追い出され僻地へと向かわせるのが習わしだ。
この春十七になったばかりのわたしは、一人の少年と対峙していた。
とても静かな瞳だ。
わたしが誰かわかっているだろうに、彼は物おじせず静かに好機を狙っている。
こんなにも心地よい緊張感をくれる相手が自分よりも幼い少年というのは驚きだが、彼の髪を彩る黒いリボンも気になった。
というか、それが気になってしょうがなかった。
白い糸で刺繍されたそれは古代文字だった。
意味は・・・と考えて、ふと目の前から少年が消えた。いつの間にか横に入り込まれた。いい走りだ。無駄のない動きでわたしを攻撃してくる。
一撃は軽いが数が多い為わずらわしい。
涼しい顔に似合わない嫌な攻撃だ。少年は未だ息をあげることもない。
淡々と、ただ目的のために攻撃してくる姿には恐怖を覚えるほどだ。
これは将来必ず王都中枢で活躍する騎士になるだろう。
「なかなかやるな、少年!」
「殿下、集中してください」
やはりわたしのことを知った上でのこの攻撃。なかなかいい性格をしている!
「君のその髪飾りが気になってしょうがないんだ! ねえ、それは誰がくれたの?」
少年はわずかに動きを鈍らせたが、次の瞬間にはまるでそれまでの淡々とした様子が嘘のように艶やかに微笑んだ。
「私の将来の妻が縫ってくれました」
なにこいつ、ちょっとむかつく。
わたしだって婚約者はいる。国に対して尽くしてくれるだろうご令嬢がいる。
でもこんなことはしない。してくれるわけがない。
わたしだって、彼女を愛してはいないのだ。国の代表の一人としての政略結婚。貴族や王族ならば当たり前のこと。
「そう、君の愛しい人はさぞ素敵な人なんだろうね」
「はい、とても可愛いんです」
でもさ、君。笑顔で打ち込んでくるのやめてくれるかな。かなり怖いんだけど。
「君、その言葉の意味を知っているの?」
暗に読めているのかと問うと、とても流暢な言葉で刺繍された文字をそらんじた。
「“わたしのいとしいあなた。あなたの無事を心から祈ります”」
きっと何度も、何度も読み込んだのだろう。綺麗なリボンは日頃から手入れを怠っていないはずだ。
古代語は、現在は使われていないため、貴族でさえ使いこなせる人間は貴重だ。
「きれいな発音だね」
「ありがとうございます。師が優秀なのでしょう」
「君はもう少し筋肉を付ければ、もっとすごい攻撃が出そうだよね」
「そうなんです。今は頑張って食べて体をつくっているところなんです。私もはやく強くなりたいので」
そのわりにかなり余裕そうなんだけど!?
「へえ、愛しい人のために?」
「ええ、愛する彼女のために」
この子、自分で言ってて恥ずかしくないのかな?
「どんな子なの?」
「可愛くて優しくて繊細さも持ち合わせているのに少しガンコなんです。なかなか泣いてくれなくて」
ナニソレ、どういう意味でいってるわけ?
「君より年上?」
「いえ、今年九歳になります」
「君変態なの!?」
ガキンっ! と思い切り打ちこまれた。どうやら藪蛇だったらしい。
「えっと、ごめん。君も若いもんね」
「ええ。殿下」
目が笑ってない!
「君、どう? このままわたし付きの近衛とかなってみる?」
「第四王子に仕えても将来安泰とは言えませんが、給料次第ではお仕え致します」
失礼だね!?
「ちょっと、うん、なんとかしてみるよ」
「そうですか、では今日のところは負けてあげますから、ちゃんと上手に勝ってくださいね」
言葉通り少年は、わざとらしく見えない程度に上体をくずし、わたしに勝ちを譲ったのだった。
「名前は? 少年」
なんだかモヤッとしたけど、この少年の本気はきっと簡単には見せてくれないのだろうことはわかったから。
「私は・・・―――――」
彼はやはり、綺麗な発音で名乗ったのだった。




