彼の日常 sideアレクセイ
私の朝は早い。
騎士団に入団して早一年。本来ならは入団の時期ではなかったがベルノーラ家のコネを使って少し早く入団させてもらった。
もちろん先輩方は良い顔をしなかった。本来騎士は尊ばれるものだ。だが私にとって騎士という地位は目的のための手段でしかない。
誰よりも早く起きて軍馬の世話をし、政治や経済、ひいては貴族社会の移り変わりを独学で学び日々の訓練にいそしむ。
一年、毎日それを繰り返したところ、今では誰も、何も言ってこなくなった。
最初は嫌がらせや嘲笑も酷かったが、私が相手にしなかったからかいつしかまわりはとても静かになった。
今ではベルノーラ家で培った計算能力の高さからか、それとも同じくベルノーラ家で培った対人スキルからか。騎士団長の側付きとして様々な場所へ同行を許されるようになった。
昼食後の休憩時、私はいつものように訓練場の隅に立っていた。もう少し体が落ち着いたら自主練をする予定だったから。でもふと、ここ最近いつも胸元に入れているハンカチを手に取って眺めてしまった。
黄色い薔薇の刺繍の意味は、私の気持ちを込めて。という意味だ。
リーナの気持ちのこもった贈り物。なんて素敵なんだ。
「おいアレクセイ、お前またそれを眺めてるのか?」
からかうような声に顔をあげると、ニヤニヤといやらしい顔の騎士団長。
伯爵家の方だが騎士になってから粗野な振る舞いをおぼえられたようで、いい男というよりは野性味あふれるゴリラ、いえ失礼。巨漢です。
騎士隊の隊服をいつも少しだけはだけさせてあるくので妙齢の女性方には人気があります。もちろん剣の腕も尊敬できるんだけど、時々本気で私の邪魔をしないで欲しい。
今はリーナにもらった星祭りのプレゼントを眺めて彼女の成長と真心を喜んでいたのに。
「はい、愛しい人からの贈り物なんです」
「・・・お前ね、そういうことを恥じらいもなく」
「恥じらう必要はありません。私は彼女を妻にと望んでいますから」
「お前まだ十四だろう!?」
「二か月後には十五になります」
「いやいや、まだ早いだろう。だいたい、相手はいくつなんだよ!?」
「恋愛に年齢は関係ありません。団長、いくらご自身にお相手がいないからと私をうらやむのはやめてください。そんなんだから二十九にもなって独身なのでは? 伯爵家の方ならいくらでもお相手はおりましょうに」
「俺の年齢は関係ない。あと伯爵家だろうが売れ残った男の末路なんてこんなもんだ! ほっとけ!」
それはかわいそうに。
「おいこら、俺を憐れむなよ」
「・・・で、私の愛しい人のことですが、私は彼女のことを団長に、いえ他の方に言いたくないのですが」
「それだけ見せつけといてか!?」
「だってあんなに可愛い人を他の男に知られたら野蛮人に奪われるかもしれないじゃないですか。私の愛しい人はとても可愛いんです」
「お前俺を何気に野蛮人って言ったか今?」
「ああ、はやく手紙の返事がこないかなぁ」
リーナが鷹便を使うことはないだろうが、それでも飛脚ならあと数日には届くかもしれない。彼女は大会に出ることを応援してくれるだろうか。
きっと、繊細な文字で「がんばってね」と伝えてくれるだろう。
「おい、聞いとるのかアレクセイ!?」
「ふう」
今日も私はこの青空の下、王都から君の無事と幸せを祈っているよ、愛しいリーナ。
「聞いてアレクセイ!?」
でも、手紙の返事は私が十五の誕生日を迎えるまで届かなかった。




