2度目の星祭り side大家
リーナがやってきて、二度目の星祭りがもうすぐ。
あたしの目はもう何年も前から見えにくいけれど、それでも全然見えていないわけじゃない。
店子がある日突然女の子を連れて帰ったときは驚いたけれど、あの無愛想で不器用な男にはこのぐらいが丁度いいのかもしれない。
女の子の名前はリーナ。黒い髪と黒い瞳の少女。まだせいぜい六つか、七つ。
リーナは最初、あたしのことをじっと見ていた。
「いらっしゃい、リーナ。あたしは大家のマーサっていうんだ。見てのとおりの婆さんだよ」
「おばあちゃん」
「ああ、いいこだね。さあお入り、お腹がすいただろう? さあさ、ご飯にしようね」
「うん! よろしくおねがいします!」
礼儀正しい良い子だった。
でも、街の人はリーナの色を見て難色を示した。そりゃあそうだろう。この冒険者の街では多くの人が毎年魔物に殺されている。その記憶がみんなの中からなくなることは絶対にない。
でもリーナに関わるうち、とても聡明で、けれど優しい子だということがよくわかった。
目が見えないあたしのかわりに炊事洗濯掃除まで頑張ってくれて、手があいたら縫い物や昔話にも付き合ってくれる、本当に優しい良い子だ。
街での嫌がらせの件はご近所に聞いて知っていたけど、あの子はなにもいってくれない。
ただただ、息を殺して生きる日々。どれだけ辛いだろうか。でもあたしにできることは、普通の子どもとして接してあげることだけ。
「おばあちゃん、ただいまもどりました」
ある日のことだった。
「ああっ、リーナ!」
あろうことか、リーナの髪が短くなって帰って来た。慌てて父親を見上げると、いつもの無愛想が更に酷いことになっている。
これが誰かの嫌がらせだと誰でもわかる、あまりにも酷いものだった。
「かわいそうに! ああ、首まで怪我をして・・・いったい誰がこんな酷い」
「・・・んと、もう、かいけつしたよ」
「だからって! ああ、なんでこんな酷いことに・・・痛かったろう? もう大丈夫だよ。おばあちゃんがいるからね」
よしよしと頭を撫でてやれば、いつでも冷静なリーナの黒い瞳が一瞬濡れた。
それでもこの子は決して私たちに甘えない。甘えてくれない。
「ありがとう、おばあちゃん。じゃあ、夜ごはんのじゅんびを、してくるね!」
ぎゅっと一度だけしがみつくと、いつものように笑って部屋に戻っていった。
「ラティーフ、これはどういうことなんだい? 誰に・・・」
「貴族のガキだ。そいつに関してはもう解決した。こりゃあウソじゃねえ。シシリーも一緒に居てくれたしな。俺は、全部終わってから聞かされた」
ラティーフが、震えるほどの怒りを何とか抑えて言った。
「リーナはほかの女をかばって怪我をしたらしいが、その前に化けモノだの散々言われたらしい。かばわれた女に怪我はなかったが・・・それでも俺に頭を下げてきた」
「どうしてそんな・・・今日は教会に行っただけなんだろう?」
「どうも貴族のガキが勝手に奥まで侵入したらしい。リーナ達が気づいた時にはもうは入れられた後でな」
「かわいそうに、怖かったろうに」
「・・・今夜は、一緒に寝る」
「そうしておやり。そばについていてあげな」
「おう、じゃあな婆さん」
あたしはドスドスと歩く背中が辛そうで、いつまでも目を離せなかった。
翌日、リーナはいつも通りに笑っていた。
「おはよう、おばあちゃん。朝ごはんができたよ」
「おはよう、良い香りだね」
「うん、いっしょに食べよう?」
「ああ、もちろんだよ」
短い毛先がはねていたので手櫛で何度も撫でて戻してやる。リーナがくすぐったそうに笑った。
「えへへ」
こんな風に笑う子を、どうして酷く扱えるのか。
あたしはとても、とても、悲しかった。
「ありがとう、おばあちゃん」
それでもリーナが笑うなら。この日常を変わりないものにするためにあたしも笑おう。
「どういたしまして、リーナ」
あたしの可愛い孫。
どうか、この先こんな酷いことが起こりませんように。
心からそう、願うしかなかった。




