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これは優しいお話です  作者: aー
8歳 一歩ずつ確実に成長します
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聡明な子ども sideギュンター

 その子どもは、かの有名なベルノーラの異端児、アーシェ・ベルノーラに連れられてやってきた。

 伸びた背筋と物怖じしない静かな瞳。化け物の様な子どもという噂だったがこれは別の意味だろう。まるで人間ではないかのような美しい少女がそこには立っていた。

「ごきげんよう、ギルドに登録したいのですが」

 つたないが、よくわかる言葉づかいは丁寧で。

「ごきげんよう、お嬢さん。商業ギルドでよろしいのですか?」

「はい、わたしは、ここがいいのです」

 ほう、と思わず呟いてアーシェ・ベルノーラを見やる。人の悪そうな顔でにやりと笑った男は、ここ数か月、いや一年近く女遊びを極力控えていることで有名だ。

 夜の女たちは売り上げが減ったと落ち込んでいた。

「登録にはお金がかかり、年会費も必要ですがよろしいですか?」

「はい、よろしくおねがいいたします」

 登録に金がかかるのはギルド証明カードを発行するためだ。銀行の機能も兼ね揃えたカードのため少々手間賃を貰っている。年会費は恵まれない子どもや女や老人を支援するための共同募金も兼ねているので年間かなりの額を必ず納めなければならない。

 正直、子どもに払える額ではない。

 なんせ一般庶民一家の二月分の生活費がまるまるとぶ額なのだ。

「よろしいでしょう。それでは、こちらで必要事項を記入してください」

 登録と相談用窓口に案内し、私がそのまま相手をする。

 本来の係の者が驚いて目を見開いているが無視して席につき書類をすばやく用意した。

「商業ギルドにつきましては、そちらの方の方がよくご存知ですので、わからないことはこの私、ギュンター・モンテスクに尋ねるか、その方にお聞きください」

 少女は大人用の注意書と契約書をじっくり三度ほどながめ、それから私をみてふわりとほほ笑んだ。

「わかりました、ギュンター様」

 ずいぶんと品の良いお嬢さんだ。この調子でやっていけるのだろうか・・・

 いや、心配は無用か。ギルドの外では黒尽くめの男が二人立っていた。この二人の護衛だろう。

 まず必要な分の金を支払ってもらい、契約書にサインさせる。この時点で金額に驚いて「やはりやめる」という人間も少なくないが、彼女はいっさいのためらいもなかった。

 さらさらと綺麗な文字を書いていく子どもを眺めながら、私は再度口を開いた。

「本日はなにかご依頼はありますか」

「それでは、こちらのペンを登録したいのです」

 契約書にサインしおえた子どもリーナ嬢は、ベルノーラ商会で爆発的人気を出しているペンを持ってきた。

「はて、そちらはすでに登録されておりますが」

「これの発案者がリーナなんだ。ベルノーラ商会で売出し中の髪留めなんかのデザインもするぞ」

 ほう、開発に興味が・・・お小さいのに素晴らしいことです。

「それでは、開発者としても登録致しましょう」

「よろしくおねがいします」

「他にはなにかありますかな?」

「では、こちらを」

 その時取り出されたのは細長い木の板だった。

「こちらは?」

「まずはごらんください」

 リーナ嬢は器用にペンと、そして見慣れないペン先のないペンを片手でもち、すっと線を引いた。細長い木の板には丸い溝が掘ってあり、ペン先がないほうをそれに這わせることで無駄な力がなくとも線が引けるらしい。

「ほう」

「これを使えば誰でも真直ぐ線を引くことができます。おもに、建築家に紹介したいです」

 なるほど。これはおもしろい。

「ほかにも何かありますかな?」

「ベルノーラ商会にかざってある、わたしの姿絵。あれの売買に関する取り決めを」

 ん?

「え、そりゃないぜ。あれ結構いい値で売れるんだぞ? もう王都じゃ八枚も売れたのに!」

「わたし、聞いていません」

「い、いやまあ、それは・・・すまん。でもリーナが可愛いのがわるいんだろ」

「意味がわかりません」

「いやあ・・・ははは、な、リーナ。悪い奴には売ってないから! 身元の確かな方だけだから!」

「だめです」

 どうやらこれは、面白いことになりそうだと内心ほくそえんでいたら、黒く真剣な瞳とかちあった。

「あの姿絵の売りあげは、すべて恵まれない方への寄付にまわします」

 ・・・・・は?

「あ、あー・・・・あー・・・! うん、わかった。親父たちの説得は任せろちくしょう。モンテスク殿、契約書を作成してくれ」

「よろしいのですか?」

「仕方ない」

「・・・では、書類を用意いたしましょう」

 なるほど、少々世間知らずなお嬢さんだと冷めた気持ちで相手を見やると、底知れない黒い瞳がまだ私を見ていた。

 知らず、喉がなった。

「それから、こちらを見ていただきたいのです」

「・・・それは?」

「こちらは、先ほどお見せしたペンの、替芯です。これがあればいれものを買いなおす必要がなくなります」

 ほほう! あのペンは私も販売当初から使用していて大のお気に入りだ。だがそれゆえすぐになくなってしまうのがおしいと思っていた。

「これも、登録します」

「かしこまりました」

 そういうものはさっさと商品化してもらうに限る。

 深々と頭を下げると、ふっと目を細めた彼女が見えた。

 まだ八つだと? 違うな。このような顔をするのはとうに成人して数年以上はたっており、酸いも甘いも知っている大人の顔だ。

 見た目どおりではない。中身も、きっとすべて。

 私はそう心に刻み、今後リーナ嬢に対しては特に気を付けねばと強く思った。


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