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これは優しいお話です  作者: aー
14歳 王都
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初めての酒の日の話 sideジェス

わりとどうでもいい話なのですが、ジェスとアレクセイが話せるようになったきっかけというか、アレクの性格が本当に悪くなったなっていうのが書きたかっただけ。

 一年中雪が降り積もる北の街には聖域という意味を持つナーオスにきてもう長いことになる。

 その日僕は、頼まれた食材を買いに出ていた。

 最近では日用品や食材の買い物も頼まれるようになった。

 芋が安く買えたとホッとした時だった。

 見慣れない、しかし目立つ男が僕の前に突然現れた。

 一年前に、リーナの知り合いだという元騎士である彼がふらりとやってきて住み着いたときには、多くの人間が戸惑ったほどだ。

 見た目が整っていて、最初は老若男女問わず彼に見とれたものだが、冒険者になった時には更に驚いた。

「こんにちは」

 声をかけられたのは、きっと偶然じゃない。

「・・・こんにちは」

 わずかに細めた瞳には、何の感情も浮かんでいなかった。

 怒りも、嫌悪も。

「リーナの髪を切り落とした時はなぶり殺してやろうと思ったけど、ずいぶんと薄汚れたね」

 落ち着いた、淡々とした口調で言われた言葉は、確実に僕の胸をえぐった。

「・・・すみませんでした」

 彼女は私に怒らなかった。

 それどころか、僕が寒い思いをしないように手を尽くしてくれた。

 おかげで、今では嫌がらせもなくなり、時折ナーオスの住人達も声をかけてくれるようになった。

「まあいいけど。ちょっと意外だな。君はもっと生意気で世間知らずで粋がってるだけの無能だったのに、こんなにも落ちぶれるものなんだね」

 人って不思議だね?

 そう楽し気に笑う男が、少し怖い。

 僕を直接糾弾しに来たのだろうか。

 このナーオスに来て、もう結構経つのに、どうして今更・・・

「バントスがね」

 ユネ・バントス。聞いたことがある。目つきはちょっと怖いけど、イイヒト。

 確か商業ギルドに勤めていて、彼女も一時期世話になっていたとか。

「私に言うんだ」

「・・・何をですか」

 突然何の話だろうか。

「氷を雪玉にいれるなって」

 ・・・・・は?

「リーナも同じことをして子供に投げたんだって。あのリーナがねえ。ふふ、おちゃめな彼女も可愛いよね」

 いや、全然可愛くない。むしろ怖い。

「そんなに暇なら神殿の手伝いでも行けって言われてきたんだ。何か手伝うことある?」

「ありません」

「そんなこと言わないでよ、ジェシー・ハーバード」

 昔の名前を呼ばれても、もう何も思わなくなっていた。

「・・・ジェスと呼んでください」

「じゃあ、石ならいいのかって聞いたら、彼女本気で怒るんだよ。冗談なのにね」

 この人は、僕の言葉をきかない人。

 当然だ。僕は昔、この人の大切な人を傷つけたんだから。

「昔はもっとはっきりした金髪だったのに、ずいぶんとまあ」

 彼は突然僕の頭に手を伸ばしてぐいっと髪を引っ張った。

 昔と違い、傷んでくすんだ金髪。僕はのぞき込んでくる瞳からとっさに目をそらした。

「ふぅん。目は空色だ」

 何かつぶやいた彼は、何事もなかったかのようにパッと手を離す。すぐに距離を取ろうとしたけれど、何故か荷物を奪われてしまった。

「リーナが放っておけないわけだね」

「・・・あの、返してください」

 手を伸ばすけど、彼の方が背が高くて力も強かった。

「持ってあげるから感謝していいよ」

 こいつを王子様っぽいと言った街の若い女の子に言いたい。こいつは絶対に性格が悪いからやめなさいって。

「アリガトウゴザイマス」

「どういたしまして。リーナが君を許したみたいだから、一応殺さないであげるね」

 王子様って乱暴なんだな・・・いや、こいつは王族じゃないけど。

 でも確かに、僕も昔は乱暴者だった。

 その結果、今は名前も取り上げられて、神殿でただの見習いをしてる。

「そうそう、今夜はお前の部屋に泊まるから」

「はあ!?」

「最近しつこく迫ってくる女が多くてさ。この前夜中に侵入されて危うく殺しそうになったんだよ。とりあえず両足つぶして外に吊り下げたんだけど、大家にやりすぎって怒られちゃって」

「僕のところは神殿ですよ!? 無理に決まってます」

「困ってる可愛い信者を助けなよ、君、神殿の人でしょ」

 全然可愛くないし、全然困ってる風に見えないけど!?

「そんな、こまります!」

 一生懸命彼の後を追うけれど、足の長い彼は僕を置いてどんどん行ってしまう。

「聞いてます!?」

「うるさいなあ、私はリーナと旦那様以外の言うことはきかないよ。ほら、はやくおいでよ」

 なんだこの人!?

 結局この人は荷物を運んでくれて、夜まで僕の部屋に居座ったのだった。

 後で知ったけど、冒険者ギルドでも終始この調子で、一部の冒険者はひどく恨んでいたり、絶対に関わりたくないと姿を見るだけで逃げだす人もいるのだとか。

 ・・・この人、ここに何しに来たんだろう?


「あの、そろそろ帰ってくれませんか」

「あ。飲む? ほら、酒ぐらい飲めるよね?」

 ・・・勝手に僕のベッドの上を占領して、どこから取り出しのか、高級酒を手に、干し肉を食べていた。

 まさかこれが夕食だろうか?

「ここは禁酒です」

「別にばれないだろ。それにしてもどうしてこの部屋だけ隔離されてるわけ?」

 昔の名残だ。

 僕は、この街の嫌われ者だった。

 神殿の中でさえ、いや、一番神殿の中が居場所がなかった。

 リーナのおかげで今は暖かい毛布もあるし、ごわついたタオルも使わなくなった。

 ご飯だって、毎日ちゃんともらえるようになった。

「まあいいけど」

 僕の顔をちらった見た彼は、興味なさそうな顔で口を開いた。

「これ、リーナがやったんだっけ?」

「え・・・あ・・はい」

「リーナらしいね」

 彼女の名前をいう時だけは、彼の目が優しくなる。

 きっと心から大事に思っているのだろう。

 でもそれならばどうしてこんな遠くへ来たのだろうか。

 彼女の傍に帰ればいいのに。

「僕は、リーナのおかげでヒルマイナ様とまっすぐ話せるようになりました。暖かい部屋も、暖かい食事も、彼女がくれた」

 暖かい、人とのつながりを彼女がくれた。

「心から、感謝しています」

「へえ、じゃあ飲んでいいよ」

 なにが、じゃあなのか・・・!

「だから、ここは禁酒・・ぐっ」

 思わず口を開いた瞬間、乱暴に酒を呑まされた。

「ごほっ・・」

 喉が焼けるようだ。苦しいし、お酒は全然美味しくなかった。

 僕は大人になる前に神殿に入ったから、お酒は初めてだった。

「まずい・・・」

 なんでみんなこんなものを呑むんだろうか。お金がもったいないだけじゃないか。

「お前、本当に・・・なんて可愛くない」

 呆れたように言われても、僕は落ち着かない。

 何だろう、どんどん体が熱くなって、そのうち頭にも血が上ったみたいになった。

 くらりと目がまわって、気づいたときには朝だった。



「・・・おぇ」

 なんだろう、すっごく気持ち悪い。

 そしてどうして、僕の目の前で男とヒルマイナ様と喧嘩をしているのか・・・

「いったいどういうつもりですか!」

「一口だけですよ。まさかたった一口でつぶれるとか思わないじゃないか」

「ここでは薄めた葡萄酒しか出さないんですよ! だいたいこの子はそれすら飲んでないんだから!」

 叫ばないでほしい、めちゃくちゃ頭が痛い・・・

「なに、いじめてるんですか? 小さい人間ですね」

「何がですか! あなたには関係ありませんよ!」

 ヒルマイナ様が怒る姿、初めて見たかも。いつもはもっと冷静で、もっと静かな人なのに。

 何年経っても知らない姿というのはあるのだな。

「この子が怪我をしたり、体調不良になったらどうするんですか!」

 今絶賛気持ち悪いのですが・・・うう・・・誰か水をください・・・

「あなたこそ、この子を恨んでるんじゃないんですか!?」

「ああ、うるさいですねえ。リーナが許すと決めたんですから許しますよ。だいたい、許す気がなけりゃあ一年前に殺してます」

 え、それもどうなの・・・

 僕は呆然と二人を見上げた。でも二人は気づかず話を続けている。

「リーナはこの軟弱な男の目が気に入ったんでしょうね。このナーオスでは見られない青空の色だ」

「ええ、うちの自慢ですが何か!?」

「どうしてそう怒るんですか、ちょっと飲ませただけでしょう」

「だから、どうして飲ませたんですか!?」

 ヒルマイナ様、お願いだからちょっと黙って・・頭が割れる・・・

 その後も二人は言い合いを続け、他の人が心配して訪ねてくるまでこれを続けていた。

 僕はその後一日寝込み、男はときおりふらりをやってきては僕に酒を呑ませるようになった。

 ヒルマイナ様は、毎回体調を崩す僕を心配して、少しずつ薄めた葡萄酒で慣らしていこうと提案してくれて、週に一度、一緒にお酒を呑む時間を作ってくれるようになった。


 いつまで経ってもお酒を美味しいとは思えないけど、ぽつり、ぽつり、ヒルマイナ様が御心を見せてくださるのが嬉しい。

 そして、時々リーナを愛しそうに呼ぶ彼の声も、いつしか耳になじむようになる。そんな少し前のお話・・・




尚このあと、ジェスはナーオスのおば様たちから更に過保護にあつかわれるようになります(笑)

次はもっと笑えるお話をご用意します。お楽しみに。

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