王都に来てしまった
泣く泣くラガーとお別れし、ついでにマリドともお別れした。
ただし彼は数日中に一度王都に来る用事があるそうで、そこで正式に契約を交わすことになった。
王都のベルノーラ商会が会場をセッティングしてくれるので、特に問題はなかった。
泊る予定のホテルを教えるとあそこかと驚いていたので、知っている場所なのだろう。
最後に木彫りのカップを一つくれた。
一年に一度、丁寧に磨かないといけないらしい。
彼がしてくれるとのこと。
これで飲むラガーは優しい味わいなのだ。
薄いガラスで飲んでいた前世、キンキンに冷やしたビール。
懐かしい思い出に浸った直後、そうだ冷蔵庫作ろうってなった。
何故かネッドが全力で引いている気がしたが、まあいい。
このカップをくれたということは、彼は絶対にわたしのもとに来るのだ。
そして美味しいラガーを作ってくれるのだろう。
ふふふと笑っていると、ドン引きしたネッドが「そろそろ王都です」と言った。
三年ぶりの王都。前回来た時にはひどい目に遭った。
三年経ち、街は多少回復したようだ。
だがどこかほの暗い瞳を持った人間も少なくなかった。
前回とは違い、お祭り騒ぎの王都はどこもかしこも人であふれていた。
最初にベルノーラ商会に出向き身支度をすると、ノアとともに王城へ向かう。
ノアは辺境伯の名代として星祭りに参加するようだ。
総一郎ともすでに面会を済ませており、意気投合したと言っていた。
なんの話題で盛り上がったのかは聞かなかった。
三年前とは違い、多くの貴族が戻ってきていた。
うちのお得意さまも多いので、なるべく目立たないようにする。
今日は仕事をする気分ではないのだ。どうせ星祭りの夜になると囲まれるだろうから、それまでは放っておいて欲しかった。
数日して星祭りの初日、にやりと笑う懐かしい顔に白けた目を向けてしまった。
「ようやく来たか、家出娘」
「ごきげんよう、王太子殿下。妃殿下の鞭は未だ健在でしょうか」
「黙れ、思い出させるな」
なかなかに不機嫌な御仁を適当にあしらい、夜を待つ。
城の一角に用意された専用の部屋で更に着飾り、多くの貴族たちが待つ会場に足を踏み入れる。
数年前の騒動に貢献した総一郎やチキン先輩も呼ばれていた。
ほかにも元勇者たちもいる。
シュオンがこちらを見て頷いたので軽く手をふる。
もう一人、騎士姿の壮年の元勇者は驚いたように目を見開き、それから眩しそうに眼を細めた。
小さく「無事であったか」と安心したような呟きが漏れた。
離れた場所にいたのに、何故か届いた。
王の言葉から始まり、王太子の言葉が続き、夜会はつつがなく進む。
チキン先輩はやっぱりチキンで、何故か誰よりも緊張した顔を隠さない。
いやあんた、いい加減慣れなよ。元勇者でしょ?
会場での顔見世は終わったので早々に逃げる。こういうとき小さい体は便利だ。
こそっと二階に上がり外に出て、月明かりの下いただくワインの美味しいこと。
ふと下を見ると、離れた場所にチキン先輩が出てきた。まだこちらに気づいていない。
せっかくの美しい夜だというのに、もう酔ったのだろうか。
しばらく観察してみる。
場所柄ネッドはいないが、わたしの近くには他の護衛がいるので大丈夫だろう。
チキン先輩はきょろきょろと落ち着かない様子で周りをみては、誰もいない場所を探しているようだった。
「こっちにくればいいのに」
ざあっと風がしたから吹き上げて、チキン先輩がわたしを見た。
何かに驚いたように目を見開き、それからしばらく固まってしまった。




