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これは優しいお話です  作者: aー
14歳 王都
313/320

へんな女の子 sideマリド

 工場の玄関先で泣いている見慣れない少女を拾ったのは、申し訳なさが強かったからだ。

 時々他所の街の女が来るが、弟子たちは彼女たちが中に入ることを全力で拒む。

 稼働はしているが、まだまだ完成と言えない工場は、ところどころ危ないところもある。ひらひらとしたスカートでは怪我をするかもしれないのだ。

 きちんと理由を伝えればいいのに、強引に追い返すことが何度もあった。

 うちの母だって生きていたころは普通に働いていた場所なのに。


 その少女は、綺麗な夜色の瞳を濡らして俺を見上げた。

 随分と小さいが、よく見れば子供でもないのかもしれない。

 この街の連中は基本が大きいが、他所の街ではそうではないと知っている。父が存命だったころ何度か別の街に仕事で行ったことがあるからだ。

 俺は酒造りのために、何度も外に行ったから知っているだけで、他の連中は街から一生出ないことも珍しくない。辺境は不便だが、ここで生きる者は国を守っているという自負がある。

 白く傷のない手を取ると、思わず壊してしまうかと思った。

 なんて弱弱しい手だ。

「ここは、大きなものもたくさん置いてある。遊ぶところではない」

 怯えさせないようにゆっくり言えば、ぱちぱちと瞬きして俺を見つめた。森にいるリスのようだ。

「君は、どこからきた?」

「ずっと遠いところよ。この街へはあと数日いるの。お仕事よ」

 小さいのにと呟けば、わかりやすくムッとする。やはり小動物のようだ。

「大変だな」

「そうね。こんなにも男女差別がひどいなんて知らなかったわ」

「この街では、女は守るべき存在だ。酒を造るときに高温になることがある。万が一怪我をさせるべきではないと思っているんだろう・・・・酒は飲めるか」

「もちろんよ!」

 途端に輝く瞳に苦笑する。

 これは完全に酒好きの反応だ。

 おそらく見た目通りの年齢でもないのだろう。

「詫びに、うちの酒を飲ませてやるから許してやってくれ。さっきのやつは、悪気はないんだ」

「・・・あなたが謝ることではないわ」

「いや・・・うちのものが、あんたを泣かせたことに違いはないからな」

 普段、弟子たちでさえ自宅の方には入れない。

 家族の思い出が強すぎる家に入れたのは、贖罪と、わずかな期待。

 俺は口下手で、見た目もこの街の連中より西よりだから、こんなに長い時間女と話すこともない。

 商売女相手でさえ無駄な話はしない。

 しかし、この小さな女だけは、もう少し傍にいたいと思ってしまった。

 仕事用のエプロンをとってキッチンに行くと、期待を込めた目で見てくる女に自然と笑みがこぼれる。

 父が昔彫ったカップに酒を注いで出せば、これ以上なく輝く笑顔。

 俺にそんなふうに笑いかける女なんて今までいなかった。身内でさえつまらない息子だと思われていたからだ。

 女は自分の街でこれを作ってくれと言った。


「無理だ」

「なんでよ」

「気候があうかわからない。お前のところは湿度があるんだろう」

「いいじゃない。試してみないと」

 確かに試さないうちにダメというのは違うのかもしれない。

 だが、慣れない街で同じように作れるだろうか。

「ベルノーラがもつ販路なら、もっと売れるわ」

「いまでも精一杯だ。無理をするつもりはない」

「じゃあ製法を教えて。水が違えば味も違うはずよ。ついでにあなたが時々様子を見てくれれば安泰だわ。ついでに、特別なラガーとして高額で売りつければいいのよ。そうしてあなたは、もっと研究費を得られるし、各地の美味しいものに出会えるわ!」

「俺はここで満足している」

「うそだわ。本当にそうなら、弟子を取るはずがないもの」

 この街にいる理由なんて、確かに存在しない。

 この酒だって開発したのは父だ。

「街の連中が、もっと作れとうるさいんだ。昔はなじみにだけ下ろしていたんだが、騎士たちを通して広がってしまった。俺は、別に偉くなりたいとか、この酒をもっと広めたいとか思っているわけじゃない」

 一生一人で生きていくのだと思っていたから、特別やりたいこともない。

「だめよ」

「なんでだ」

「わたしが、これを毎日でも欲しいからよ」

 まさか酔っぱらっているのだろうか。

 この酒は決して安くはないから毎日飲むのも大変だぞと思いつつ、この女はきっと本気で言っていると心のどこかで気づいていた。

「若いうちから酒に溺れるのは見過ごせない。やはり下ろすのはこの街だけだ」

「わたし、あなたとそう変わらないわ! 家も工場もこっちで用意してあげるからうちに来て!」

 場所まで用意すると言われても、どうしろと。


 まさか本気か?


「・・・いや、そんな急に言われても」

 とりあえず、このまま飲ませるのは危険だ。パンとチーズ、生ハムを出して酒以外も腹に入れた方が良いだろう。女は遠慮なく食べていく。全然下品に見えないのは、それなりに良い家の出なのだろう。

 心底幸せそうにされると、こちらも頑なではいられなくなりそうだ。

「・・・うまいか」

「天にも昇るほど美味しいわ」

 言いすぎだ。だが本心だろう。

 うっとりしている。

 大丈夫か、こんなに警戒心がなくて。

「毎日食べたいわ」

「・・・そうか」

 そういえば朝食の残りのザワークラウトスープがあったと気づいて、それも出す。

 酸味のあるスープに驚いていたが嬉しそうに飲み干した。

「これ、面白いわ」

「そうか」

 白いヴルストも追加してやると、聞きなれない歌を歌いだした。

 これは完全に酔っ払いだ。

「やっぱりあなた、うちに来て。生活は心配ないわ。わたしが保証する」

「ほら、そろそろやめよう。あんた、もう酔ってるだろう」

 初対面の男の前で酔うな。

 こっちだって色々限界だ。

「酔ってないわ。まだまだこれからよ」

「酔っ払いはみんなおんなじ事を言うんだ」

「酔ってないったら。いいから、あなたはすぐにでもうちに来るべきよ。そうだわ、星祭りなんて無視してあなたを連れて帰りましょう」

 そう言えばそろそろ星祭りか。


 家族がいなくなってから、特に何でもない普通の日になった。


「一緒にいく相手もいないのか?」

「いないと言ったら噓になるわ。でも自分で望む相手ではないわ」

 こんなに可愛いのに、他の男たちは何をしているんだか。

「・・・じゃあ、俺といくか」

 そっと手を伸ばして言ってみる。この街の商売女の髪は少しゴワゴワしている。

 でも目の前の女の髪は、まるで絹のように柔らかで、しかも触れば触るほどうっとりと目を細めるものだから手を離せなくなった。

「あなたがうちに来るならいいわよ」


 言質はとったぞと、意地悪なことを考えた。


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