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これは優しいお話です  作者: aー
14歳 王都
312/320

ラガーが美味しすぎるので引き抜こうと思います

「無理だ」

「なんでよ」

「気候があうかわからない。お前のところは湿度があるんだろう」

「いいじゃない。試してみないと」

 実った麦のような男の名前はマリド・ゲーニー。

この工場の主だった。

 年上に見えたが、わたしより三つ上なだけで、ちょっと老け顔だ。まあ、わたしも書類上はもう少し下なんだけど。

 自宅のリビングに案内してくれたマリドは、木製のカップにラガーを注いでくれた。

 家もレンガの壁だったけど、ところどころにタペストリーがあったり、小さな絵が飾ってある。木製の椅子やテーブルも年季が入っていて温もりがあった。

 作られた翌日のラガー。ぬるいが旨い。


 これを毎日欲しい!


「ベルノーラがもつ販路なら、もっと売れるわ」

「いまでも精一杯だ。無理をするつもりはない」

「じゃあ製法を教えて。水が違えば味も違うはずよ。ついでにあなたが時々様子を見てくれれば安泰だわ」

 そう、そもそもビールは鮮度が命。そして何より水に影響を受けるものだ。

 日本でも、地域によって味が違った。水が違うからだ。

 しかしどの地域のビールも、その土地や近くで作られているから郷土料理によく合う。

 つまり、どこでも美味しいのだ!


「ついでに、特別なラガーとして高額で売りつければいいのよ。そうしてあなたは、もっと研究費を得られるし、各地の美味しいものに出会えるわ!」

「俺はここで満足している」

「うそだわ。本当にそうなら、弟子を取るはずがないもの」

 男は困ったように首を横に振った。

「街の連中が、もっと作れとうるさいんだ。昔はなじみにだけ下ろしていたんだが、騎士たちを通して広がってしまった。俺は、別に偉くなりたいとか、この酒をもっと広めたいとか思っているわけじゃない」


 なんて夢のない男だろうか!


 こんなことではわたしがラガーを楽しめなくなるではないか。うちからどれだけ離れていると思っているんだ!

「だめよ」

「なんでだ」

「わたしが、これを毎日でも欲しいからよ」

 男ははじめて、わかりやすく眉をひそめた。

「若いうちから酒に溺れるのは見過ごせない。やはり下ろすのはこの街だけだ」

 なんてこと!

「わたし、あなたとそう変わらないわ! 家も工場もこっちで用意してあげるからうちに来て!」

 そしてわたしに旨いビールをたらふくよこせ!

「・・・いや、そんな急に言われても」

 体は大きいが、心は優しい。まるで大型犬のような男だ。

 強引にでも勧誘しなくては、そして気が変わらないうちに契約までこぎつける! そう心に誓ってぐいぐいいっていたら、男は呆れたようにため息をついて固いパンとチーズ、それから生ハムを出してくれた。

 最高じゃないか。


「・・・うまいか」

「天にも昇るほど美味しいわ」

 もう今死んでもいいね。

 次に死ぬならトイレ以外と決めているので。

「毎日食べたいわ」

「・・・そうか」

 男は頷いてさらにつまみをくれた。ザワークラウトいりのすっぱいスープだ。

 こいつは人を欠食児童かなにかだと思っているのだろうか。

 ありがたく頂戴します。


「これ、面白いわ」

「そうか」

 あまり口数が多い方ではないのだろう。私が三杯目のラガーをあけたところで、当たり前のように次のラガーを出してくれる。

 昼というかまだ朝の時間にこんなにいただくとは罪深い。

 ほろよい気分に鼻歌が出そうだ。いや、実際に出てしまった。

 懐かしい日本の歌を歌いながらいただく白いソーセージ。

 ああ、今日はなんていい日なの。

 この第二の人生でもっとも良い日だ。

「やっぱりあなた、うちに来て。生活は心配ないわ。わたしが保証する」

「ほら、そろそろやめよう。あんた、もう酔ってるだろう」

「酔ってないわ。まだまだこれからよ」

「酔っ払いはみんなおんなじ事を言うんだ」

「酔ってないったら。いいから、あなたはすぐにでもうちに来るべきよ。そうだわ、星祭りなんて無視してあなたを連れて帰りましょう」

 男がおや、とわたしを興味深そうに見た。

「一緒にいく相手もいないのか?」

「いないと言ったら噓になるわ。でも自分で望む相手ではないわ」

 自他ともに認める公認ストーカーとか、アレクとか、王太子とか、どうでもいいわ。

 チキン先輩とかノアとか、総一郎はちょっと会いたいけど。

 なんだか頭がうまく働かないのが、完全に酔っぱらっているせいだと気づけなかったわたしは、男が次に口にした言葉の意味に気づけなかった。


「・・・じゃあ、俺といくか」


「あなたがうちに来るならいいわよ」

 


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