八歳
日本とは少しだけ違う気候のこの国では、暑いか寒いか、そして丁度いいかの三つしかない。寒い時期にはたくさんの雪が降る。
星祭りからわずか一月で大雪が降ったのは記憶にあたらしい。
それからまた時間が過ぎて、私は父に拾われて一年が経ったことを知った。
アレクが街を出て行ってはや数ヶ月。
少しずつだけど街の人に受け入れられているのが肌で感じられる。
街を歩いていても嫌な目で見られることが減ったのだ。
八歳の誕生日には父をはじめベルノーラ家の人々、見守り隊の人々や大家さんにシシリーさん。トトリのおかみさんなど、たくさんの人にお祝いされた。
みんなが自分のことのように幸せそうに笑っていて、とても嬉しかった。
髪も少し伸びて、今では前よりは短いがおさげも作れるようになった。
あとほんの二ヶ月程度でまた星祭りがやってくる。
大家さんに、今年の星祭りは何を祈るの? と聞かれたけど、まだ決めていない。
「リーナお嬢さん、お使いなら同行します」
「ありがとう、ネッドさん」
セシリアさんのお店に行くことがあれば、護衛のネッドがよく同行してくれるから寂しくはない。
彼は燃えるような赤い短髪に灰色の瞳のお兄さんだ。
普段は無表情で何を考えているか分からないけど、常に影のように寄り添ってくれる。
アレクがいなくなってから、正直言って退屈な面もあるけれど、こうして守ってくれる人がいるのは心強い。
最近の講義で、人身売買の件を習った私は、もっと自分が目立つことを自覚する必要があると思うのだ。
セシリアの店まで屋敷から子供の足で二十分ほど。近くはないが遠いほどの距離でもない。ネッドは足音もなく隣を歩くので時折存在を忘れてしまう。
「いらっしゃいませ、リーナさん」
「ごきげんよう、セシリアさま」
セシリアはいつもニコニコと眩しい笑顔で出迎えてくれる。
「ごきげんよう、さあさ、入ってください」
いつもは店内に入ると奥に通されてお茶とお菓子が運ばれてくるんだけど、今日はちょっと込み合っているみたい。
「忙しいなら、すぐに帰りますから」
「そんな・・・せっかくリーナさんとお茶ができると思いましたのに・・・わかりました。少し待っていてくださいね。すぐに荷物をご用意いたします」
奥様の要望で、王都で売れ筋の品物を定期的に受け取って、新しい商品の開発なんかもするらしい。売れ筋から更に展開するのも大事なことなんだって。だから私はいつもその商品を受け取るのがお役目。小さいハンカチから大人用の夜会ドレスまで様々だ。
私はなるべく人目につかないようにお客さんから見え難い位置に椅子を用意してもらった。店内は頑張れば平民でも買えるような小物がずらりと並び、ドレスや高価な宝飾品は職人が直接説明するため表には出ていない。
でも女性なら誰もがうっとりするキラキラとした空間だ。掃除の手も行き届いており、壁にはレースが飾られたり、愛らしいのにどこかラグジュアリーな感じがたまらない。
まあ、約一名ネッドには居心地が悪いかもしれないけど。
「リーナ様、護衛の方。お茶をお持ちいたしました。店長はすぐに戻りますので少々お待ちくださいませ」
凛とした声に顔をあげて驚いた。
すらっと背の高いボブカットの女性が立っていたのだ。頭には緑のリボンを付けているけれど、間違いなくボブカット。
「まあ、すてきなリボンね」
なんと言ったらいいか、思わず言葉に迷った。
「ありがとうございます。うちの新商品なんですよ」
よくよく見渡せば、お店で働いている五人のうち二人がボブカット、一人がそれより少し長い程度というこの国ではずいぶんと目立つ髪型をしていた。
「ご存知ですか、リーナさま」
お姉さんがお茶をそっとテーブルに置くと、優しく目を細めた。
「ベルノーラ商会では昨年より女性の自由な髪型についてお触れが出たんです」
「おふれ?」
ええ、と力強く頷いたその人は私の手を握った。




