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これは優しいお話です  作者: aー
14歳 王都
306/320

あきらめたくない sideハイディ

「さすが、我が夫は殊勝な心掛けだ」

 そう言って誤魔化さないと、泣きそうだった。

 考えたくなくて必死に体を動かしていた。

 父や兄にはなぜか本気で引かれたが意味が分からない。

「まだ婚姻前です。実家に帰るほどのことがあったんですね。無理やり襲うのは良くないですよ」

「む。しかし見てみろ。この私の姿を! こんな女が正攻法でいけると思うか?」

 久々に鏡で見て思ったのだ。やっぱり私は可愛くない。

「ハイディさま。ノアを逃せば、あなたはきっと、今度はまた赤毛の男に狙われますよ。良いのですか? その場合国外に嫁ぐことになりますが」

「あれだけは嫌だ。あれはしつこい」

 赤い髪の変態を思い出しそうになって、慌てて首を横に振る。勘弁してくれ!

「ではどうしたいのですか」

「・・・私を嫌いになったのだろうか」

 もしかして、もともと嫌いだった?

 嫌いな人間にあんなことをされて、怒った?

「お前には偉そうなことばかり言ってきたが、人と向き合うのは怖いことだな」

 もし、私があの赤い髪の男に同じことをされたら、きっと殺してしまう。

「リーナ。それでも私一人ではどうにもできん。協力してくれないか」

 出口が見えない迷路にはまったような、気持ちの悪い日々が耐えられない。

 リーナを見つめると、彼女はいつも通り淡々と頷いてくれた。

「お二人が話せる機会を用意しましょう。わたしが先にノアの実家・・・じゃなかった。彼がいるはずのダルヤに行きます。取り戻したいのなら、ハイディさまも努力しないとだめですよ」

 努力なんて、どうすればいいんだ。

「わかった」

 でも私は、ただ彼女の言葉にうなずくしかなかった。

 そうしないと、二度と彼に会えないような気がしたから。


 しばらくして、両親や兄が警備を固めるからお前は男を連れ戻して来いと送り出してもらった。時期的に大丈夫だろうが、スタンピードはいつ起きるかわからない。だからこそ時間的な余裕はない。

 それでも行かずにはいられなかった。

 ダルヤという街は学んで知っていた。でも、初めての海は大きくて、嗅いだことのない海の匂いに驚いて。おいしそうなものがいっぱいあるとリーナから聞いていたから、それも楽しみだった。

 リーナは早朝から準備を手伝ってくれた。

 初めて着る軽くてひらひらしたドレス。腕はあえて肩から出して、足もひざ下が出ていた。ひらりと風に揺れるたび落ち着かない。

 じりじりと肌を焼く日差しは痛いほどだが、白い砂が綺麗で、深い青の空がきれいで。

 何時間でも眺めていられそうだ。

 ざあざあと波立つ海のそば。それは、突然聞こえた。

「よくお似合いですよ、ハイディ様」

 海に見とれていて気配に気づけなかったが、彼が少し離れた場所にいた。

「そうか!」

「・・・ここで、何をしてるんですか」

「うむ。私の婿殿を迎えに来た」

 ここまで来たのだ。あきらめたくない。

「僕は、薬を盛るような人は嫌です。信用できません」

 やっぱりだめか。しかし他に方法がなかった。

「私はこの通りの女だ。私がお前を好いていると言っても信じないだろう」

 こんな傷だらけの女を、普通の男が好きになってくれるはずがない。

 魔物は怖くないが、ノアに嫌われるのは怖かった。

「・・・僕は、くだらない言い訳を求めているわけじゃない」

 ノアはいつもまじめだけど、真剣な顔が一番格好いい。つい見つめてしまう。

「す、すまなかった。どうしてもお前を逃がしたくなかった。どうすればいいか母に相談したら、とりあえず寝取ってしまえばいいと」

 ここはご馳走さまでしたというのが礼儀だろうか?

「二度目に盛ったのはどうして?」

「うむ。一度で孕まなかったため、二度目をと言われた」

 どうも、日取りが悪かったようだ。だがまた試せばいい。

「・・・母は、私が孕めば戦闘に行かないと思ったのだろう。私は戦士として生き、死ぬ覚悟がある。だが母の思いもわからぬわけでもない」

 母は誰よりも怖いが、誰よりも優しい。こんな私に生きて幸せになってほしいと願ってくれている。

「ハイディ様。それでも僕は、きちんと話してほしかったです。あんなものに頼る前に」

「お前はいい男だ。もしほかに娶りたい相手がいるのなら退こう」

 きっと引く手あまただろう。でも本当は、本当にあきらめたくないんだ。

「もっとはっきり言ってください。僕をどう思ってるんですか。強い男ならその辺にもいるでしょう」

「お前以上の男なんていない!」

「それは狭い世界にいたからだ。この前初めて王都に行ったんでしょ。いっぱいイイ男いたでしょう? 変態を撃退したからって惚れてたら人生いくつあっても足りませんよ」

 確かにそれがきっかけだったのは認める。

 でも、誰にでも惚れるわけじゃない。

「お前以外の男なんて芋だ。時々紅芋もいたが、でも全部芋だ。お前じゃないとダメなんだ」

 紅芋は甘くておいしいけど、二度とそれを食べられなくてもいいからノアが欲しい。

「・・・それで?」

「お前は小さいが強い男だ。その心意気に惚れている。私のもとへ来い。一緒に生きよう」

 はじめて、長く生きたいと思った。強く願った。

「・・・薬はもうやめてくれますか。次は本気で逃亡しますよ」

「もちろんだ! でもお前、ノリノリだったじゃないか!」

「誰のせいだよ!? 童貞に媚薬盛るのは反則だろうが!?」

「む。すまん」

 そうなのか、悪いことをした。

「・・・あと、うちの両親と、商会長と、大旦那様にちゃんと挨拶してください」

「任せろ。お前を貰うのだからな。挨拶は基本だ」

「監禁とか薬とか論外なんで。それから僕がそちらに入ることで、どんな政治的なことも容認させないでくださいよ」

「お前は頭がいいな。そこまで考えてなかったが、まあ大丈夫だろう。とりあえずうるさいハエは叩き殺せばいいだけだ」

 そもそもうちは、どんな政敵もいないからな。問題はないだろ。

「・・・僕は、あなたの生きる理由になるんですか」

「もうなっている。領地から出たいと思ったのは、お前がいたからだ。生きている間に海を見れたのはうれしい」

 こんなにきれいなモノを見て育ったから、きっとノアの心は綺麗なんだ。

「・・・ハイディ、これから、よろしくお願いします。あなたが迎えに来てくれたから、僕はあなたについていきます」

「!」

 なんだこれは、少し心の距離が縮まったのか!?

「それから先に言っておきます。浮気はだめですよ」

「しない! お前もするな」

「しませんよ。した瞬間、物理的に首をとばすでしょ。僕は命がおしいので、生涯あなただけです。僕の童貞とったんだから責任とってくださいね」

「任せろ。お前は私が守り抜こう」

 騎士に二言はない。

「それから、領地での無駄遣いもダメですからね。あのボロボロ屋敷、はやく立て直しましょう」

「う、うむ」

 え、しかし最近また父が壁を壊して穴をあけたんだが、もしかしてこれは私が代わりに怒られるやつか?

 そういえば、最近うっかり花瓶も割ってしまった。

「あ、もしかしてまた屋敷を壊したんですか!?」

「違う! 私じゃない!」

 花瓶だけだ!

 あ、でも廊下にヒビが入っていたかも・・・

「これ以上壊れたら僕はどこで暮らすんですか! 厩とか嫌ですからね!?」

「ふむ、その手があったか」

「はあ!?」

「いや、大丈夫だ。まだ壁はある! ちょっと・・・大きな穴も開いているが・・・」

 それに厩は今直しているからどの道使えないし!

 私は胸を張って言いたかったが、ノアが怒ってしまったからどうしようってなった。

 しばらくして呆れた顔でリーナがとりなしてくれた。

 両手いっぱいに食べ物を持ったリーナが、そっと私に美味しいものをくれた。

 やはりリーナは普通じゃない。すごいな、この子。

 私は、翌日ノアの両親や仕事先や、ベルノーラの連中に頭を下げて回って、ノアを奪っていく辺境伯と呼ばれながらも笑みを絶やさなかった。

 欲しいものは力付くでも手に入れる。

 我が家の家訓だな。

 小さな声で言えば、リーナが小さな声で返した。

「それ、普通にやったら犯罪ですよ。ほかでやらないでくださいね」

 うむ。任せろ。多分大丈夫だ。

 もう欲しいものは手に入ったから。

 隣にいる男を見て、幸せな気持ちになった。


ハイディ編ようやく終わりですー!

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