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これは優しいお話です  作者: aー
14歳 王都
305/320

初恋の男 sideハイディ

 物心つく前から、領地を守るために死ぬのだと思っていた。

 森ばかりで人が住める場所は少ないが、そこに生きる民草を守るのが貴族の義務だ。

 兄たちもスタンピードで死んだ。

 私を入れてあと三人。一人は外から嫁か婿を取って、子孫を残さないといけない。

 魔の森に近いため魔物の被害が大きい。一人でも多くの民を救い、その結果王国を守る。我々辺境伯家に科せられた大事な役目だ。

 自分が美人でないことはわかっている。いつでも死ねるように後悔のない日々を送ってきたつもりだった。

 だが、歳離れた友人リーナの、そのまた友人であるノアに出会ったとき、なんて素敵な人だろうと思った。

 私が誰でも気にせず、まっすぐにこちらを見てくる。

 背も、力も、私の方が上だ。

 けれどまっすぐに見つめられると落ち着かない。

 ノアは当たり前のように私を女扱いしてくる。変態からも守ってくれた。

 少々口は悪いが、心根もまっすぐで、何より人間に酷い警戒心を持っているあのリーナですら懐柔している。うちの頑固な母も、言葉にしないだけでノアを気に入っているのがわかる。父も、兄たちも、ノアには一目置いている。

 リーナが急遽王都に呼ばれた時も、ノアは変わらずうちを助けてくれていた。

 本来ならば色々と申請しなければならない書類も、ノアは呆れながらも手伝ってくれたし、こういう時はこうした方が良いと具体的に教えてもくれた。

 ある夜、母に相談した。

 ノアが欲しいが、どうしたら伯爵家に入ってくれるだろうかと。

 母はじっと私を見た後、ベッドサイドの小さなテーブルにあった綺麗な小瓶をくれた。

 飲み物にこれを入れろと。

 毒かと思ったが、これはどんな熊でも発情させることはできる強力なものだから、失敗することはないだろうと言われた。

 毒と何が違うのかわからないが、命は取られないようだ。よかった。

 私も初めてなので、一舐めすると良いと教えてくれた。

 なるほど、これは子作りの薬か。兄が欲しがっていたが絶対に渡さなかったと聞いたことがある。そんなものを私にくれるのか。

「ハイディ」

 母は常に冷静だ。

「はい」

「幸せになりなさい」

 幸せなんて、得られないと思っていた。

 体の隅々までタトゥーが入っているのだ。髪も瞳も、日焼けした肌も、全然美しくない。

 ドレスなんて似合わない固い体。

 刺繍よりも槍を。歌劇よりも戦術を。甘いお菓子は好きだが、戦う方が大事だと知っている。

 前回のスタンピードはリーナの存在があったから規模が小さかったと教えられた。

 リーナはいるだけで皆を守れる。でもリーナは多くの民草に嫌われている。

 黒だからだ。

 ただ髪と瞳が黒いというくだらない理由で。

 私たちは、だからこそ彼女を守らなければならない。

 掌の小瓶は、キラキラと輝く星のように綺麗だった。

「これを使うことで、私は彼に嫌われませんか」

「はんっ、童貞の坊やくらい、お前の色気で落としなさい。この母の子なら、そのくらいできます」

 いや私も経験はないんだが。

 でもどうやら信じられているようなので、少し頑張ってみよう。

 私はすぐさま行動に起こした。


 結果、しばらく口をきいてくれなくなった。

 事後の翌朝、顔を真っ青にして頭を抱えていたノアに声をかけると大声で、

「えっち!!」

 と叫ばれた。

 意味は分からないが、口をきいてくれないだけで、まだ屋敷には通ってくれているので完全に嫌われたわけではないようだ。

 ただ近くの使用人や、時々外部から人を呼んで毒見を頼んでいるので警戒されたらしい。

 母には呆れた顔で、再挑戦しろとせっつかれた。

 仕方がないので、しばらくして再挑戦してみた。

 邪魔が入らないように使用人たちにもよく言い聞かせ、わざと毒見役を遠ざけて飲ませた。

 一度目よりも二度目の方が体が慣れたのか、なかなかに良い汗をかいたと思う。

 そして私は兄の代わりに王都へ出向くことになった。

 きちんと責任を取ると伝えたかったのだが、また口をきいてくれなくなったので帰ってからにしようと思った。

 帰宅した瞬間、ノアが実家に帰ったと伝えられた。

 ノアは別の領地の者だ。

 私はなかなか領地から出られない。少なくとも、今帰ってきたばかりだ。

 それなのに、どうしたらいいんだろうか。

 もう機嫌を直して口をきいてくれると思ったのに。

 もしかして私を本気で嫌いになったのだろうか。

 何かにきゅうっと心臓をつかまれたような気持ちだ。

 まるで私の気持ちを代弁するかのように、空がしとしとと雨を落とし始めた。



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