お膳立てはしてもらったから sideノア
白い砂浜が絶対的に似合わないだろうと思っていたけれど、普段槍を構えていたはずの彼女が、砂と同じような色のワンピースを身に着けたら、結構似合っていた。
おそらくリーナの見立てである。
全身に入ったタトゥーも、他国民に慣れているこのダルヤの人間には忌避されるものでもなく。
しかしどうしてか、本人が落ち着かない様子でスカートの裾をしきりに気にしていた。
「よくお似合いですよ、ハイディ様」
しばらく遠くから見ていた僕が声をかけると、彼女はぱっと顔を上げた。
「そうか!」
走るような速さで迫ってくると、いつも以上にわかりやすい笑顔を浮かべていた。笑っていると愛らしいところもある。
時々薬を盛るような女だが、気づけば絆されている自覚もあった。
だが、自分は彼女と添い遂げる覚悟などないのだ。
強さが全ての伯爵家。彼女が自分を認めたのは変態を撃退したというただそれだけ。
強さ以外に興味がない彼らの中で生きていけるとも思えない。
ハイディは可愛いところもあるが、自分の命を大事にしない様子もある。
ついていける気がしなかった。
出会った当初は。
「・・・ここで、何をしてるんですか」
「うむ。私の婿殿を迎えに来た」
男前すぎるだろう。どんな顔であんたを見ればいいんだ僕は。
「僕は、薬を盛るような人は嫌です。信用できません」
ハイディはうっとうめいたが、まだ反省した様子はない。
「私はこの通りの女だ。私がお前を好いていると言っても信じないだろう」
さあっと潮風が僕らをなでて過ぎていく。
「・・・僕は、くだらない言い訳を求めているわけじゃない」
睨み据えると、ハイディが視線をうろうろとさまよわせた。
「す、すまなかった。どうしてもお前を逃がしたくなかった。どうすればいいか母に相談したら、とりあえず寝取ってしまえばいいと」
娘になんてアドバイスをしているんだ!?
「二度目に盛ったのはどうして?」
「うむ。一度で孕まなかったため、二度目をと言われた」
あの母親狂ってるのか?
「・・・母は、私が孕めば戦闘に行かないと思ったのだろう。私は戦士として生き、死ぬ覚悟がある。だが母の思いもわからぬわけでもない」
なんと言っていいのかわからない。
子どもは授かりものだ。薬を使っても一度や二度でできなくても仕方がない。
あの母親はもしかして、ハイディを屋敷に閉じ込めたいのだろうか。
自分の娘にたくさんのタトゥーを入れた。魔物に襲われて死んだとしても体の一部が残れば誰かわかるから。そんな親だ。
でももしも、戦闘に参加せずにすめばそれだけ安全だ。
リーナは以前、あの母親にひどい目にあわされたと聞いたことがある。だが彼女には怒りも嫌悪もない。どこまでも愛情深い人だと言っていた。
もしそうなら、手段を選ばないのも理解できる。
それでも。
「ハイディ様。それでも僕は、きちんと話してほしかったです。あんなものに頼る前に」
「お前はいい男だ。もしほかに娶りたい相手がいるのなら退こう」
仕事で成功したかった。ここ数年駆け抜けてきた。商会から信用だって得た。
だけど、僕が聞きたい言葉はそれじゃない。
「もっとはっきり言ってください。僕をどう思ってるんですか。強い男ならその辺にもいるでしょう」
「お前以上の男なんていない!」
「それは狭い世界にいたからだ。この前初めて王都に行ったんでしょ。いっぱいイイ男いたでしょう? 変態を撃退したからって惚れてたら人生いくつあっても足りませんよ」
我ながらずるい言い方だ。でも確かめずにこの先一緒にいる未来なんて想像できない。
「お前以外の男なんて芋だ。時々紅芋もいたが、でも全部芋だ。お前じゃないとダメなんだ」
なぜ芋・・・・いや、もしかして紅芋って褒めているのか?
伯爵令嬢、他にもっと良い誉め言葉なかったの?
「・・・それで?」
「お前は小さいが強い男だ。その心意気に惚れている。私のもとへ来い。一緒に生きよう」
どうしよう、周りに人が集まってきた。そりゃあそうだ。道の往来でこんな恥ずかしい会話をしているのだから。どうせどこかでリーナも見ているのだろう。
僕は悩んだふりをした。
リーナや、商会がこれでもかとお膳立てした今回のチャンス。
きっと今拒絶したら、この女は僕をあきらめる。
ハイディは自分という女の価値に自信がない。だから卑怯な手を使ったんだ。
卑怯でもなんでも、僕がいることで生きる選択をしてくれるのか。
・・・・・それにしても、小さいは余計だろう。
「薬はもうやめてくれますか。次は本気で逃亡しますよ」
「もちろんだ! でもお前、ノリノリだったじゃないか!」
「誰のせいだよ!? 童貞に媚薬盛るのは反則だろうが!?」
大声で怒鳴り返して気づく。
ちょっと外野、笑いたいなら勝手に笑え、可哀想なものを見るような目で僕を見るな!
「む。すまん」
すまんじゃねえよ。
「・・・あと、うちの両親と、商会長と、大旦那様にちゃんと挨拶してください」
「任せろ。お前を貰うのだからな。挨拶は基本だ」
「監禁とか薬とか論外なんで。それから僕がそちらに入ることで、どんな政治的なことも容認させないでくださいよ」
「お前は頭がいいな。そこまで考えてなかったが、まあ大丈夫だろう。とりあえずうるさいハエは叩き殺せばいいだけだ」
この脳筋女め!
「・・・僕は、あなたの生きる理由になるんですか」
「もうなっている。領地から出たいと思ったのは、お前がいたからだ。生きている間に海を見れたのはうれしい」
太陽の光に反射した水面のような笑顔。
もう駄目だ。こんなの放っておけるわけがない。
裏表のない好意。僕にだけ向ける笑み。
これを喜ばなければ男じゃない。
「ハイディ、これから、よろしくお願いします。あなたが迎えに来てくれたから、僕はあなたについていきます」
「!」
とりあえず様を付けて呼ぶのはやめよう。
「それから先に言っておきます。浮気はだめですよ」
「しない! お前もするな」
「しませんよ。した瞬間、物理的に首をとばすでしょ。僕は命がおしいので、生涯あなただけです。僕の童貞とったんだから責任とってくださいね」
外野がおおっと叫んだが気にするものか。
「任せろ。お前は私が守り抜こう」
いや愛が重いよ。
「それから、領地での無駄遣いもダメですからね。あのボロボロ屋敷、はやく立て直しましょう」
「う、うむ」
ちょっとまて、なんで目をそらした。
「あ、もしかしてまた屋敷を壊したんですか!?」
「違う! 私じゃない!」
「これ以上壊れたら僕はどこで暮らすんですか! 厩とか嫌ですからね!?」
「ふむ、その手があったか」
「はあ!?」
「いや、大丈夫だ。まだ壁はある! ちょっと・・・大きな穴も開いているが・・・」
うまくまとまったと思った瞬間これだ!
その後僕は、みかねたリーナが迎えに来るまで往来で説教を続ける羽目になった。




