とりあえずお別れを言いましょう
「やっと帰ってくれてうれしいよ」
珍しく爽やかな顔で毒を吐く総一郎。こちらも負けじと笑顔を向ける。
「また会いに来てあげるわ」
「来るな。お前が来ると忙しくなる。まったく、チキン先輩となに全力で遊んでるんだよ。あそこまでしろって言ってないだろ。あれから連日残業の日々だったんだぞ」
「わたしのせいではないわ。アレクに言ってちょうだい。でもあの二人、なんだかんだと仲がいいと思うのよ」
「ふざけてんのか、チキン先輩はあの後薄毛に悩みだしたぞ。ぜったいストレスだ」
これは商機!
「任せて、男性育毛剤を開発してみせるわ!」
なぜか頭を叩かれた。
地味に痛い。
「まあ、なんだ。気を付けて帰れよ」
「ええ、ありがとう。じゃあまた」
総一郎との別れはいつも無駄がない。
もしかしてこれが最後になるとわかっていても、わたしたちはお互い振り向いたりしないのだ。
王都を出る日の朝、商会のスタッフはさみしい気持ちを全力で見せつけてくれた。
ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、また絶対に来てくださいねと涙を流して見送ってくれた。
その後総一郎と軽く挨拶をして、それから王都を出ようと門へ行けば、アレクと神官姿のシュオンが待っていた。
「結局、今日まで会えなかったな」
「そちらも大変だったでしょう? 大活躍だったって聞きました。お疲れ様です。シュオン」
「ああ、そなたも、よく頑張った。あの元王太子のことだが、聞いたか?」
「いつか教えてください。今のわたしには必要ない情報だから」
「そうか。わかった・・・気を付けて帰りなさい」
そっと、いたわるように抱きしめてくれたシュオンは、名残惜しい様子を隠すことなく、またそっと離れていった。
「アレクはどうするの?」
「私のこころは一つだよ。いつでも君を想っている。・・・もうしばらくは冒険者ギルドに世話になろうと思うんだ。もっと強くなりたいからね」
「十分強いでしょう?」
「騎士は対人戦、冒険者は魔物に対しての力の使い方が上手なんだ。私はどちらも学びたいと思っている」
根がまじめだものね。
感心していると、とても綺麗な笑みが返ってきた。
たくさんの人が行きかう門のそば。多くの人が彼の笑顔に足を止めた。
「いつか君をネッドさんから奪ってみせるから、待っていて」
「・・・元気でね、アレク」
「リーナも、元気で」
彼はわたしの左手をそっと持ち上げて、そのまま口づけをした。
まるで世界でわたししか見えないと言う風に優しく目を細める。どこかで誰かが悲鳴を上げたが、わたしたちは無視した。
するりと手を離した彼は、今度は気配を殺していたネッドに目を向ける。
「奪いに行きますから」
「死ぬ覚悟でくればいい」
脅しじゃないんだろう。二人の男はうっすらと笑みを浮かべているが、どこか寒気がした。
「純粋な疑問なんだけど、そもそもわたしがネッドを選ばない可能性の方が高いのに、アレクはネッドだけが気になるんだね?」
「え!?」
男たちがそろって声を上げたので、じゃあねと笑って歩き出した。
「ちょ、お嬢さん? え、ま・・・え」
珍しくネッドが慌てているのが面白かった。




