悪夢から覚めて sideパルキ
いつの間にか星が輝く時間帯だった。
いつからこうしていたのかもわからないくらい、俺は庭園の端のガゼボでぼうっと座っていた。もちろんあの二人とは別のガゼボだ。
何人もの身ぎれいな連中が離れた回廊をわたっていくのが見えた。おそらく相手からも俺が見えただろうが、全員見ないふりをしてくれた。
俺が森に捨てた少女はベルノーラ商会で働いていると言った。家族もいると。
そうか、生きていたのか。
きっと数年前なら見た瞬間発狂しておかしくなっていただろう。
でも気付くと俺は彼女を背にかばい、見えない敵を探した。
この小さな命を今度こそ守らなければと、夢中だった。
「おせぇぞ、ソウ」
「いや俺、ずっと仕事してたから」
あの少女と同じ色を持つ男が俺の前に立った。一本のワインを俺に手渡してくる。これ高いやつじゃねえか。
「いいのか」
こんな高級な赤。俺らの給料の何か月分だよ。
「いいんじゃないか? グラスはねえから、交代で呑もうぜ」
そう言われて一口飲む。胃にしみる。旨いが、ちとキツイ。
「お前は、顔に似合わない雑なところがなおりゃあ、女にもてるだろうにな」
「うるせえぞ、オッサン。俺は別に誰でもいいわけじゃないんだよ」
こいつの女の趣味は特殊だと誰かが言っていたが、まさか少女が好きとか言わないだろうな?
「会えたか?」
「あ?」
「リーナだよ、ここにいただろ。あんたがずっと忘れられなかったやつ」
ぶほっ二口目のワインを吹き出すと、ソウが思い切り顔をしかめた。
「汚ねえ!」
「おまっ・・・あの娘と知り合いか!? やはり身内なのか!?」
「あれと!? 勘弁して!?」
え、じゃあどういう・・やはりよく見れば似ているしとジロジロ見ると、ソウは遠慮なく俺の頭を一度叩いた。
「いいか、俺はあんなのより全然マシだし、まともな人間だ。あんな放浪癖あって、公認ストーカー許してる馬鹿と一緒にすんな。俺は、まともで真面目な人間なんだよ」
公認ストーカーってなんだ。よくわからんが、最近の若者言葉だろうか・・・?
「ずっと、知ってたのか」
「あんたのこと? みんな知ってたよ。でもあんただって何も聞かなかったじゃねえか」
お互いさまだと笑うと、豪快にワインを開けていく。まて、俺はまだ一口しか吞んでないぞ。
「リーナっていうのか」
「あんたら、あいつの名前うまく呼べないだろ。だからリーナでいいんだよ。あいつの放浪癖すごいんだぜ。俺でも引いたわ。しかも超金持ち。すっげえ稼いでるからな。下手な貴族より資産あるぞ」
マジか。
「最近じゃあ妹関連の商品爆売れしてるらしくてな。ベルノーラ商会はあいつがいりゃあいくらでも稼げるだろうよ。そいやあ聞いたか? 王太子の借金、あいつが原因」
「は?」
「あいつ、王都再建のためと、ベルノーラ商会の連中養うために、王太子や妃に高価なモン売りまくったの。いつ暗殺されるか冷や冷やしたけど、結局牢屋に入れられるだけで済んでよかったよな」
良くないぞ? こいつ、絶対おかしいぞ?
「あんな小さい娘が、牢屋に入れられて平気なわけあるか」
「いや、むしろ籠城してたあいつを出す方が大変だったらしいぞ」
牢屋に籠城、こいつも昔したな!?
「お前、やっぱりあの娘の身内だろう!?」
「だからやめろ。ほらみろ、鳥肌立ったわ」
じゃあどんな関係なんだよと怒鳴れば、うるせえ先輩だなと笑われた。
俺もこいつも疲れていて、もう一歩も歩けない。それなのにこいつはケラケラ楽しそうに笑うのだ。それが酷く不自然で、しかし声を聴いていたら肩の力が抜けた。
「俺は、あの娘にひどい事をしたんだ」
「うん、それも知ってる。でもあいつ、怒ってないだろ? あいつの中じゃ、もう終わったことだ。あんたもそろそろ現実に戻って来いよ。こっちもなかなかいいもんだぜ?」
何を言われているのかわからなかった。でも確かに、俺はもう何年も夢の中をさ迷っている気分だった。
「ああ、そうだな。現実に戻るのもいいもんだな」
空には数えきれないほどの星々。
なぜか涙があふれた。




