星祭り一日目 sideパルキ
ここ数年、星祭りなんて参加していなかった。
今年は憲兵に復帰して色々あった。
スラムがいくつも壊滅し、街はまだ落ち着いていない。
それでも原因となった王太子は廃嫡され、現在は病気療養を理由に王都から出されたらしい。
黒髪の後輩は生意気にも英雄扱いだ。
はじめのころは、あの色を見るだけで発狂した。だが地下牢に閉じ込められ、隊長や元同僚たちに支えられてなんとか今では普通に話せるようになった。
煙臭さが消えない王都。スラムで死んじまった連中を一日中焼き続けた北区は、今でも多くの民が花を供え続けている。
星祭りだってのに、売っているのは花と、ちょっとの食い物だけだ。
いつもならこれでもかと酒を売り、踊り子たちが夜を彩り、多くの願いを捧げた紙を神殿に供え、そこかしこで歌があふれていた。
なんでこんなふうになっちまったんだろう。
もうすぐ夜が来る。
本来ならここから星祭りが始まる。
神殿に選ばれた花姫たちが歌と踊りを神々に献上し、王城では華やかな舞踏会。一部の区画は今日、誰でも入れるように調整してくれるはずだった。
でも、今年は分からない。どんな情報も下りては来ないから。
徹夜明けでぼうっと空を見上げる。もうまる二日寝てない。そんなとき、ふいに同僚に肩を叩かれた。
「王都民は王城に入れるってさ! ほら見ろよ、貴族たちが戻ってきたぞ!」
そんな馬鹿なと目をこらすと、少し離れた大通りに立派な馬車がやってきた。見慣れない家紋は辺境伯のものだ。たしか、ベルノーラ商会と懇意にしている戦闘一族。
「辺境伯家がどんな存在からも守るから、王都民は安心して祭りを楽しめってベルノーラ商会が宣伝してる!」
興奮したように叫ぶ同僚は、疲れを忘れたように大きく口を開けて笑い、これでもかと馬車に大きく手を振った。近くにいた他の連中や、街の連中も真似て手を振りだすと、ふいに馬車が停まり、中から長い髪の女が出てきた。
顔中に刺青があり、驚いて歓声が止まる。
女はふっと笑みを浮かべ、持っていた槍を高く掲げると、その力強い様子に再度歓声が上がった。
「あれが辺境伯の・・すげぇな、見たか、あの顔。別嬪さんだったけど、なんかおっかねえな!」
生まれてすぐに全身に入れるという刺青。まさか女の体にも入れるとは思わなかった。
彼女の後を追うように、民たちがぞろぞろと歩き出すのにつられて、思わず立ち上がった。
「・・・俺も、行ってみる」
「おうよ、行ってこい! 俺らも交代したら行くからよ!」
人数が多いこともあって、城は遠かった。
だが誰もが少し前の凄惨な事件を忘れたように笑っている。
今回、狂った王太子を止めたのはベルノーラと、うちの黒いのだ。あと神殿の偉い神官様らしい。王太子が廃嫡になったことも、もうみんな知ってる。
そのベルノーラをさらに守る辺境伯の人間が久々に王都まで出てきたのだ。これほど安心できる存在は他に居ないだろう。
俺は数年ぶりに王城の敷地に足を踏み入れた。
疲れてやつれた様子の騎士が、それでも顔を前に向けて槍をもって俺たちを迎え入れた。俺の制服を見ると、ふっと顔をほころばせ、憲兵はこっちだと別の場所に案内される。
「場内の警護は我々に任せたまえ、憲兵の諸君は特別に、もう少し中に入れていいとのお達しだ。一部貴族も戻ってきているが、今日は何も言われないだろう。だが、あまり勝手な行動はとるなよ」
「あ、ああ、わかった」
めんくらっていると、騎士は内緒話をするように声を潜めた。
「メイドや女中には気をつけろよ。最近優良物件がめっきり減ってな。肉食獣並みに怖いぞ」
なんだそれと思いながら、軽く頷いて歩きだした。
そこかしこで花が咲き誇り、どこかで水の流れる音がする。
何かに誘われるようにそちらに歩き出すと、ふと小さな人影がガゼボの傍に立っていた。何かを覗き込んでいるようだ。
薄紅色のショールをかぶっており詳しい様子はわからないが、近づいてみると二人の人間が手を取り合い眠っているのが見えた。
「寝てるのか。こいつらここで寝てて怒られないか?」
一人はメイド服で、もう一人は恐らく騎士だろう。恋人同士のように手をつないで肩を寄せ合って眠っている。
「いっぱいがんばって、いっぱい疲れたの。だから今は誰も起こしちゃダメなの。おじさん、ひとり?」
「おう、ここは憲兵なら良いって言われたんだが、本当に良かったんだろうか」
昔、勇者役をやったときには来なかった場所だ。こんな綺麗な場所もあるんだなとぼんやり思う。
「ああ、大丈夫。今はここ、わたしたちだけだから。でももう少しすると他の貴族がやってくるから、気になるようなら引き返すと良いよ。ちなみにこの先にいくと、凄く綺麗なお姉さんたちがお酒をふるまってくれるよ」
なんだそれ。
笑いそうになった瞬間、相手の顔が見えた。
「ソウ? ・・・・いや、お前は・・・」
「お久しぶり、勇者さん。あの時は森で助けてくれてありがとう」
黒い悪夢が、俺の目の前で綺麗に笑った。




